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2024.10.12

「カナレットとヴェネツィアの輝き」(SOMPO美術館)開幕レポート。巨匠カナレット日本初の回顧展

東京・新宿のSOMPO美術館で「カナレットとヴェネツィアの輝き」がスタートした。会期は12月28日まで。

文・撮影=齋藤久嗣

展示風景より、カナレット《昇天祭、モーロ河岸のブチントーロ》(ダリッジ美術館、ロンドン)
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 東京・新宿のSOMPO美術館で「カナレットとヴェネツィアの輝き」がスタートした。会期は12月28日まで。

 本展は、ヴェネチア出身の巨匠・カナレットを本格的に取り上げる日本初の展覧会となる。カナレットの絵画作品を中心とした約70点の絵画や資料などで、中世から19世紀後半頃に至るヴェドゥータ(景観画)発展の系譜をたどっていく。

 全3フロアにわたる展示のうち、まず、最初の展示室(5F)では、カナレット以前にヴェネツィアの街並みを描いた作品が紹介される。イタリアでは多くの画家が神話やキリスト教をテーマとした歴史画を描いてきたが、純粋な風景画はほとんど存在しなかった。そのため、現存する作品には、オランダなど北方の画家の作品や、都市の姿を俯瞰した地図のようなものが多く残されている。

展示風景より、フランチェスコ・グアルディに帰属《ヴェネツィア鳥瞰図》(1775、英国政府コレクション)

 18世紀に入って、ヨーロッパの貴族の子弟の間で「グランド・ツアー」と呼ばれる旅行が流行すると、文化的に爛熟期を迎えていた海上都市ヴェネチアは、ヨーロッパ屈指の観光地として多くの観光客を魅了した。この流れで、ヴェネチアの街並みを正確に描いた「ヴェドゥータ」はお土産品として旅行客から求められるようになり、彼らのニーズに応えて一躍人気画家となったのがカナレットだった。

展示風景より、左からカナレット《サン・マルコ広場》(1732-33頃、東京富士美術館)、《サン・ヴィオ広場から見たカナル・グランデ》(1730以降、スコットランド国立美術館)

 カナレットの作品の最大のみどころは、線遠近法を駆使した都市空間の精緻な表現や、細部まで描かれた豊かな人物表現である。これらの技術は、幼少期に父について学んだ舞台美術の影響を強く受けている。とくに目を引くのが、ヴェネツィアの中心部を流れるカナル・グランデで行われるレガッタや昇天祭などの祝祭を描いた作品群だ。観客の熱狂が画面から生々しく伝わるだけでなく、当時の文化風俗を正確にとらえている点で、一級の歴史資料といえそうだ。

展示風景より、カナレット《カナル・グランデのレガッタ》(1730-1739頃、ボウズ美術館)
展示風景より、カナレット《昇天祭、モーロ河岸のブチントーロ》(1760、ダリッジ美術館)

 また、カナレットはヴェネチアだけでなく、パトロンからの需要に支えられ、ローマやロンドンなどでもヴェネツィア同様に観光スポットや景勝地を描いている。古代遺跡から文化の香り漂うローマ、のどかな水辺や田園風景が美しいロンドンなど、カナレットの描いた都市景観から、約200年前のヨーロッパ各都市の違いを見比べるのも楽しい。

展示風景より、左からカナレット《ロンドン、ヴォクスホール・ガーデンズの大歩道》(1751頃、コンプトン・ヴァーニー、ウォリックシャー)、《ロンドン、ラネラーのロトンダ内部》(1751頃、コンプトン・ヴァーニー、ウォリックシャー)
展示風景より、左からカナレット《ローマ、パラッツォ・デル・クイリナーレの広場》(1750-1751)、《ナヴォナ広場の景観》(1750-1751頃、ともに東京富士美術館)

 続いて4Fの展示室では、カナレットの制作の秘密に迫る。まだ写真がない時代、構図や遠近感をつかむため、カナレットは、カメラ・オブ・スキュラと呼ばれる、カメラの祖先となる原始的な光学機器を使っていた。展示では、実際にカメラ・オブ・スキュラの原理を再現した体験コーナーも用意されている。

展示風景より、ロンドン、ジョーンズ製 レフレックス・カメラ・オブスキュラ(1800頃、東京富士美術館)

 また、素描とそれに基づいて制作された銅版画を比較することで、カナレットは必ずしも現実の風景をそのまま切り取って再現していたわけではないこともわかる。 “お土産品”としての意味合いも強いヴェドゥータでは、実際の景観に加え、旅の思い出となるような都市のランドマークを見栄え良く配置する工夫も求められた。

展示風景より、ともにカナレット《ドーロ風景》(ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館)

 こうして「ヴェドゥータ」という新たな風景画でヨーロッパ中にその名を轟かせたカナレットだが、そうなると彼の画風に倣ったフォロワーたちも続々と活躍の場が与えられることになる。展示室では、彼の甥で後にワルシャワやドレスデンなどで宮廷画家として活躍したベルナルド・ベロット、カナレットがヴェネツィアを不在にしていた時期に台頭したとされるグアルディなど、カナレットに続くヴェドゥータの名手たちの作品も披露されている。先駆者の作風を踏襲しながらも、少しずつカナレットとは違う個性の表出も感じられるので、よく見比べて楽しんでみてほしい。

展示風景より、ベルナルド・ベロット《ルッカ、サン・マルティーノ広場》(1742-1746、ヨーク美術館)
展示風景より、フランチェスコ・グアルディ《塔の遺構と彼方に村のある川辺の風景》(1770-1780頃、スコットランド国立美術館)

 最後に3Fの展示室では、カナレット没後における、ヴェネチアの景観を描いた作品群を通して、ヴェドゥータがどのように継承され、近代の空気感のなかで変容していったかを見ることができる。

 19世紀になると、カナレットが描いた都市景観にあこがれ、数多くの画家たちがヴェネツィアを訪れ、都市の風景を絵に描き残した。しかし、個々の画家の感覚やスタイルによってその表現方法は大きく変わっている。カナレットは、よく晴れた明るい画面で運河沿いの開けた眺望を好んで描いたが、これに対して近代の画家たちは、夜の風景や街中の名もなき路地裏を取り上げるなど、多様なアプローチでヴェネチアを描こうとした。

展示風景より、左からウィリアム・エティ《溜息橋》(1833-1835、ヨーク美術館)、ジェイムズ・ホランド《ヴェネツィアの思い出》(テート)

 とくに圧巻なのが、展示の最後を飾るフランスの近代画家による作品群だ。晩年のモネが見せた豊かな色彩感覚や、シニャックが表現したビビッドな点描など、画家それぞれの個性が際立っている。

展示風景より、左からクロード・モネ《サルーテ運河》(1908、ポーラ美術館)、《パラッツォ・ダーリオ、ヴェネツィア》(1908、ウェールズ美術館)、ポール・シニャック《ヴェニス、サルーテ教会》(1908、宮崎県立美術館)

 本展では、スコットランド国立美術館が所蔵する名品をはじめ、初来日作品も多数登場。撮影可能な作品も多数用意されているので、展覧会場で配布されるSOMPO美術館オリジナルの鑑賞ガイドを片手に、旅気分に浸りながらヴェネツィアへの時間旅行を楽しんでみてはいかがだろうか。