2025.3.15

「VOCA展2025」(上野の森美術館)開幕レポート。平面表現の「多様性」を改めて見つめる機会に

平面美術の領域で国際的にも通用するような将来性のある若い作家の支援を目的に毎年開催されている「VOCA展」。その32回目となる展覧会が、東京・上野の上野の森美術館で開幕した。会期は3月30日まで。

展示風景より、宮本華子《在る家の日常》
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 東京都の上野の森美術館で、平面美術の領域で国際的にも通用するような将来性のある若いアーティストの支援を目的に、1994年より毎年開催されている美術展「VOCA展」。その32回目となる「VOCA展2025」がスタートした。会期は3月30日まで。

 VOCA展は、平面領域で活動する40歳以下のアーティストを、全国のアートの現場に精通した美術館学芸員、研究者、美術評論家らが推薦するもので、過去の出展者には奈良美智村上隆など現在日本のアートシーンを牽引する現代美術家たちが名を連ねてきた。また近年は大東忍(2024)、永沢碧衣(2023)、川内理香子(2022)、尾花賢一(2021)がグランプリである「VOCA賞」に選ばれている。

展示風景より
展示風景より

 今回、VOCA賞を受賞したのは、熊本県在住の宮本華子による《在る家の日常》。また、VOCA奨励賞には、諫山元貴の《Objects#21》、小林万里子の《The Five Domains》 が、VOCA佳作賞には、鮫島ゆいの《Ritual Room (Pretend to be happy) 》と𠮷田芙希子の《Go into the medaillon》が選出された。

 選考委員を務めたのは、植松由佳(委員長 / 国立国際美術館学芸課長)、丹羽晴美(東京都現代美術館事業企画課長)、拝戸雅彦(キュレーター) 、服部浩之(キュレーター/東京藝術大学大学院准教授、国際芸術センター青森館長)。大原美術館が独自の選考で決定する大原美術館賞は髙木優希の《Room》となった。

中央は宮本華子。受賞アーティストは、全体右側 左から諫山元貴、小林万里子、鮫島ゆい、𠮷田芙希子

 実父との違和感を起点に、「家」や「家族」「他者」とのコミュニケーションをテーマとした作品制作を行う宮本華子は、祖父母との暮らしとその別れで感じたどうしようもなさをもとに受賞作品《在る家の日常》を制作した。家をかたどったパネルには映像が組み込まれ、日常的な風景や祖父母との暮らし、訪問介護の様子などが映し出されている。

 今回の受賞について、宮本は次のようにコメントを述べた。「今回VOCA展に推薦いただいたのは2回目。2020年にNerholのお二人が受賞した際も2回目の出展で、勇気をもらうことができた。《在る家の日常》をつくることができたのは祖父母との暮らしがあったからであり、訪問介護の皆さんをはじめとする協力したくださった方々のおかげ。本当に感謝したい」。

展示風景より、宮本華子《在る家の日常》
宮本華子《在る家の日常》(部分) 撮影=手塚なつめ

 諫山元貴による映像作品《Objects#21》では、文化的背景を持つオブジェクトが水中で崩壊していく様子が、実際の速度で映像化されて並べられている。それぞれ異なる時間の流れを持つため、作品には始点も終点もない。たしかに存在する時間の流れが、絵画的にそこにとどまっている。

展示風景より、諫山元貴《Objects#21》
展示風景より、諫山元貴《Objects#21》(部分)

 小林万里子の《The Five Domains》は、染め・織り・刺繍などの技法を用いて重層的かつ密度の高いビジュアルを生み出している。大きな葉や実とともに形づくられたスズメのなかには、群れをなした小さな生き物たちが生き生きと表現されており、自然との豊かな共生の在り方も感じ取れる。小林はこの作品を通じて、歯止めの効かない人間による環境破壊に警鐘を鳴らしている。

展示風景より、小林万里子《The Five Domains》
展示風景より、小林万里子《The Five Domains》(部分)。素材には、自身で染めた布や糸なども用いられている

 鮫島ゆいは、「戦うこと、祈ること」をテーマに複数の断片を描き出し、《Ritual Room (Pretend to be happy) 》を制作した。断片となっているのは描かれているモチーフのみならず、キャンバスそのものも断片的にしか存在せず、鑑賞者は絵画の全体像を想像で補うしかない。鑑賞者と絵画のはざまで起こる、見ること・見られることの行為が重要な意味を持つ作品だ。

展示風景より、鮫島ゆいの《Ritual Room (Pretend to be happy) 》

 「憧れのイケメン」をレリーフとして制作する𠮷田芙希子は、美しい人物を髪の毛のウェーブからまつげの一本一本まで精細に掘り起こした《Go into the medaillon》を展示している。しかし、頭部のみのその人物は無機質な表情で俯き、またレリーフの大きさもやや過剰と言える。誰の手に渡ることも拒否するようなこの作品が、既存の美術史に問いかけることは何か。

展示風景より、𠮷田芙希子《Go into the medaillon》

 選考委員長を務めた植松は、「全国の推薦委員によってアーティストが推薦され、日本における現代美術の様相が俯瞰することができるのはVOCA賞の大きな特徴。グランプリの宮本さんの作品には『日常』という言葉が含まれるが、コロナ禍を経て、ようやく取り戻したかのようにみえる我々の日常のなかには、いまだ見えない問題が孕んだままだ」と、挨拶のなかで今回の選考にあたっての所感を述べた。

 また、昨年「VOCA展」実行委員会と上野の森美術館は、1人のキュレーターは1人のアーティストを推薦するという構造が孕みうる様々なハラスメントを防止すべく、「『VOCA展』に関するハラスメント防止のためのガイドライン」を制定した。主催者挨拶にて、上野の森美術館副館長の玉木英二は、このガイドラインの制定を踏まえて次のようにその思いを語った。「昨年、このVOCA賞を支えてくださっていた高階秀爾先生が逝去された。先生が残した文章を改めて読み返すと、“VOCA賞の推薦形式は、日本全国における現代美術の多様な表現を掬い上げることができるのではという思いがあったから”であると。ガイドラインの制定などを行いながらも、今後もこのVOCAの活動を守っていきたいと考えている」。

 なお、上野の森美術館ギャラリーでは、過去のVOCA出展者・竹中美幸による個展「竹中美幸 —わたしとかなた—」も同時開催されているため、あわせてチェックしてみてほしい。