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2025.3.30

「アート・オブ・ザ・リアル 時代を超える美術ー若冲からウォーホル、リヒターへー」(鳥取県立美術館)開幕レポート

3月30日に開館した鳥取県立美術館。こけら落としを飾る「アート・オブ・ザ・リアル 時代を超える美術ー若冲からウォーホル、リヒターへー」が幕を開けた。会期は3月30日〜6月15日。

文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

展示風景より
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 日本でもっとも人口が少ない県である鳥取県に、新たな美術館「鳥取県立美術館」(館長:尾﨑信一郎)が開館した。

 同館は1972年開館の鳥取県立博物館から美術分野を独立させたもの。設計は槇総合計画事務所と竹中工務店のジョイントベンチャーが手がけた。位置するのは、鳥取県中央部にある城下町・倉吉市だ。市立図書館が入る倉吉パークスクエアと山陰初の仏教寺院であり国指定史跡の「大御堂廃寺跡」に隣接する場所に構える。美術館はこの立地ならではの、南側に開かれた建築が大きな特徴となっている。

鳥取県立美術館外観

 建物は地階なしの3階構造。敷地面積は1万7892平米、建築面積は5347平米、延床面積は1万598平米。館内の中心には全フロアを縦に貫く高さ15メートルの巨大空間「ひろま」があり、特別展示コーナーを含めると7つの展示室を擁する。コンセプトに「OPENNESS!」を掲げるだけに、館内にフリーゾーンが多いことも特徴だ(建築の詳細なレポートはこちら)。

鳥取県立美術館の特徴である「ひろま」(24年撮影)

こけら落としは「リアル」

 この記念すべき美術館のこけら落としを飾る展覧会は、「アート・オブ・ザ・リアル 時代を超える美術─若冲からウォーホル、リヒターへ─」だ。

 同館コレクションの特徴のひとつに、近世鳥取画壇の写実描写、鳥取出身の画家・前田寛治の独自のリアリズム、同じく鳥取出身の彫刻家・辻晉堂における初期の写実表現など、様々な「リアル」に対する試みが見られる。本展はこうした「鳥取の芸術」に通ずる「リアル」を軸にしたものだという。

 会場では、その特色を交えながら、古来より美術の重要なテーマであった「リアル」をめぐる挑戦の軌跡を、江戸/現在、日本/海外などの枠を超えて横断的にとらえなおし、6つのセクションで紹介。出品作家は100名以上、所蔵品以外にも主に国内の様々な美術館から集められた約180点(展示替えあり)が並ぶ。以下に、大まかなハイライトをまとめてお届けする。

展示風景より、左から辻晉堂《詩人(大伴家持試作)》(1942)と前田寛治《西洋婦人像》(1925頃)

第1章「迫真と本質」

 展示冒頭は、近世鳥取画壇や近代以降の洋画、彫刻など、写実的な表現で対象の本質に迫ろうとした作家たちを紹介するもの。前田寛治による《西洋婦人像》(1925頃)と辻晉堂の《詩人(大伴家持試作)》(1942)から始まり、クロード・モネの《ジヴェルニーの積みわら、夕日》(1888-89)や岸田劉生の《静物》(1917)、高橋由一の《鮭図》(1879-80)や舟越桂の《冬の本》(1988)、そして自在置物で知られる満田晴穂の《識〈八識〉》(2023)まで、多様な作品が並ぶ。

展示風景より、手前が高橋由一《鮭図》(1879-80)
展示風景より、中央がクロード・モネの《ジヴェルニーの積みわら、夕日》(1888-89)
展示風景より、手前が舟越桂の《冬の本》(1988)
展示風景より、満田晴穂《識〈八識〉》(2023)

第2章「写実を超える」

 ここでは20世紀美術を牽引したキュビスムやシュルレアリスム、あるいは日本画における「奇想の系譜」などから、写実を超えた新しい「現実」の表現をたどることができる。

展示風景より、伊藤若冲《象と鯨図屏風》(1795)

 伊藤若冲の《象と鯨図屏風》(1795)、パブロ・ピカソの《裸婦》(1909)、ルネ・マグリット《レディ・メイドの花束》(1957)、前田寛治の《街の風景》(1924)などの名作が並ぶなか、圧倒的なのはやなぎみわ《Windswept Women 2》(2009)だろう。本作は同館の収蔵品あり、第53回ヴェネチア・ビエンナーレの日本館で発表された「老少女劇団」で出品されたもの。超自然的な力が仮託された女性の姿が、畏れすら感じるほどの力強さで表現されている。

展示風景より、左からルネ・マグリット《レディ・メイドの花束》(1957)、キリコ《》
展示風景より、
展示風景より、やなぎみわ《Windswept Women 2》(2009)

第3章「日常と生活」

 ここのハイライトは、同館コレクションであるアンディ・ウォーホルの《ブリロ・ボックス》だろう。同作は約3億円で新規購入され、大きな話題を集めた。大量生産される日用品に新しい美の可能性を見出したウォーホル。ここでは同作のほかに10点組の《キャンベル・スープⅡ》(1969)や《6枚組の自画像》(1966)を並置することで、デュシャンの反復と集積の試みを紹介している。なお、鳥取県は同作の継続所有について民意を問う来館者アンケートを実施する。

展示風景より、手前がアンディ・ウォーホル《ブリロ・ボックス(4点)》(1968/1990)

 本章では、このほか、マルセル・デュシャンの《自転車の車輪》(1913/1964)や草間彌生の《マカロニ・コート》(1963)、三島喜美代の《Work 23-C》(2023)など、日常生活と連なる素材やモチーフを扱った作品が並ぶ。

展示風景より、手前がマルセル・デュシャンの《自転車の車輪》(1913/1964)

第4章「物質と物体」

 今回の展覧会タイトルは、1968年にニューヨーク近代美術館でE.C.グーセンが企画した「アート・オブ・ザ・リアル:USA 1948-1968」から取られている。このセクションでは、かつての「アート・オブ・ザ・リアル」出品作家から、カール・アンドレ、ドナルド・ジャッド、ロバート・モリス、フランク・ステラの4作家を展示。

 それらとともに、具体美術協会(具体)の作家である白髪一雄や白髪富士子、吉原治良らから、現代の作家として2万7225本の画鋲を使った冨井大裕の《ゴールドフィンガー》(2011)までが並び、剥き出しの現実である素材そのものを作品化するアーティストたちの多様な表現が揃う。

展示風景より、手前がカール・アンドレ《亜鉛と亜鉛のプレーン》(1969)
展示風景より、左が富井大裕《ゴールドフィンガー》(2011)

第5章「事件と記憶」

 震災や疫病、戦争など、絶えず人々を不安に陥れてきた様々な社会的現実。本章は、そうした題材をアーティストたちがいかに表現してきたのかを、事件や記憶をキーワードに探ろうとするものだ。

 藤田嗣治が描いた戦争画のなかでももっともよく知られる《アッツ島玉砕》(1943)をはじめ、ミレーの《晩鐘》を引用して戦争を表現した森村泰昌の《Brothers(A Late Autumn Prayer)》(1991)、ピカソのゲルニカを連想させる山本敬輔《ヒロシマ》(1948)、そして志賀理江子が東日本大震災で津波に襲われた砂浜に棒で絵を描き、それを撮影した《螺旋海岸46》(2011)などが並ぶ。

展示風景より、藤田嗣治《アッツ島玉砕》(1943)
展示風景より、森村泰昌《Brothers(A Late Autumn Prayer)》(1991)、山本敬輔《ヒロシマ》(1948)
展示風景より、右が志賀理江子《螺旋海岸46》(2011)

第6章「身体という現実」

 人間にとってもっとも身近であり、交換できない「現実としての身体」に関わる表現の変貌を検証する第6章。

 身体を不安の象徴として描き出したフランシス・ベーコンの《スフィンクス》(1954)やアルベルト・ジャコメッティの《男》(1956)、身体が剥き出しの状態に晒される浴室を描いた河原温の「浴室」シリーズ、生まれつき目の見えない人々に美しいものとは何かを問いかけ、その回答と肖像写真をともに展示するソフィ・カルの「盲目の人々」シリーズ、女性の身体に残る傷跡を撮影した石内都の《Innocence #14》(2006)など、多様な角度から身体を扱った表現を確認したい。

展示風景より、左からフランシス・ベーコン《スフィンクス》(1954)、アルベルト・ジャコメッティ《男》(1956)
展示風景より、ソフィ・カル「盲目の人々」シリーズ
展示風景より、手前は辻晉堂《寒山》(1958)
展示風景より、手前は河原温《孕んだ女》(1954)

エピローグ「境界を越えて」

 エピローグは「境界を越えて」。「分断」という言葉が頻繁に叫ばれる現代。「老い」や「死」に対してポジティブに向き合うやなぎみわの「My Grandmothers」シリーズや、自らのセクシャリティ・マイノリティとしてのアイデンティティの揺らぎと沖縄の歴史や政治性を題材にしたミヤギフトシの《アメリカン・ボーイフレンド:ザ・オーシャン・ビュー・リゾート》(2013)などの作品で、様々な境界を超え行く美術の可能性を提示するものだ。

展示風景より、藤原勇輝《4・3 Art Projectのためのプレゼンテーション》(2025)
展示風景より、やなぎみわの「My Grandmothers」シリーズ

 初めて美術館に来るであろう人々にとっても興味関心を持ってもらえるよう、比較的とっつきやすいテーマと膨大な作家・作品をラインナップしたこの展示。鳥取出身の尾崎館長は本展に関して「これだけの点数を集める展覧会は日本国内でもそうそうない」と自信を覗かせる。同館の年間来館者目標は20万人。新たな美術館がどう受け入れられるのか注目だ。

コレクションギャラリー「鳥取県の写真と版画 01」の展示風景
コレクションギャラリー「鳥取県の写真と版画 01」の展示風景
コレクションギャラリー3の展示風景