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2025.7.19

「日比野克彦 ひとり橋の上に立ってから、だれかと舟で繰り出すまで」展(水戸芸術館現代美術ギャラリー)開幕レポート。日比野克彦の「ひとり」から「だれかと」へ

日比野克彦の60年以上にわたる創作と実践を660点以上の作品で振り返る展覧会「日比野克彦 ひとり橋の上に立ってから、だれかと舟で繰り出すまで」が、茨城・水戸にある水戸芸術館現代美術ギャラリーでスタートした。会期は10月5日まで。

文・撮影=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示風景より
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 茨城・水戸にある水戸芸術館現代美術ギャラリーで、「日比野克彦 ひとり橋の上に立ってから、だれかと舟で繰り出すまで」展が始まった。企画担当は竹久侑(水戸芸術館現代美術センター芸術監督)。

 本展は、日比野克彦の60年以上にわたる創作と実践を、80シリーズ・660点以上の作品で振り返る、これまでにないスケールの個展である。タイトルにある「ひとり橋の上に立ってから、だれかと舟で繰り出すまで」は、日比野自身の実体験に基づいている。

 日比野は幼少期、思いがけずひとりで過ごすことになったある日、橋の上で初めて「ひとり」であることを強く実感したという。その体験以降、彼にとって絵を描くことは、「だれかと会いたい」「つながりたい」という欲求と不可分の行為となった。本展では、こうした〈ひとり〉から〈だれかと〉への移行と変化を軸に、アーティスト日比野克彦の活動の全体像を浮かび上がらせている。

日比野克彦

 展覧会の序章にあたる第1章「日比野克彦の原点と初期」では、日比野の幼少期から1980年代の初期作品に焦点を当てる。展示冒頭に掲げられた、ゆらゆらと揺れる紙に記された文章は、「なぜ絵を描くのか」という根源的な問いに対する作家の思索が綴られている。手がむずむずと動き出すような感覚、赤ん坊のころの曖昧な記憶が、創作の起点として描かれている。

 日比野が後年になって気づいたこととして、作品に頻繁に登場する赤や青の色彩が、幼少期に遊んでいた積み木の色に由来しているというエピソードも紹介される。さらに、東京藝術大学在学中に段ボールを素材として制作された立体作品は、彼の創作活動における大きな転機となった。「日本グラフィック展」などで高く評価されたこれらの作品は、既存のイラストレーションの枠を超えた斬新な表現として注目を集めた。

展示風景より
展示風景より
展示風景より、舞台美術の作品《ロックミュージカル「時代はサーカスの象にのって’84」》(1984)

 また、母親との関係性を示すエピソードも紹介されている。実家に送ったドローイングが、本人の知らぬ間に屏風に貼られていたり、Tシャツがクッションカバーに仕立て直されていたりするなど、家族のまなざしのなかで作品が育まれていった過程が丁寧に描かれている。

展示風景より、母親との関係性を示す展示コーナー
展示風景より、「消える時間」シリーズ(1993)

 第2章「線を探る手つき」では、線という表現要素をめぐる日比野の多面的な探求が展開される。彼の作品には初期から文字が頻繁に登場するが、日比野にとって文字はたんなる情報の記号ではなく、「線のかたち」である。1989年に岐阜新聞創刊110周年を記念して制作された《HIBINO EARTHPAPER》では、広告を含む全8ページがすべて日比野の手書き文字で構成され、実際に街中で配布された。

 また、2003年の「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」に出品された「明後日新聞」では、新潟の旧校舎を拠点に、学生と地域住民が協力して新聞を制作。その際に開発された日比野フォントを用いた記事のレイアウトが、本展では壁紙として再構成されている。

展示風景より、日比野フォントを用いた記事のレイアウトによる壁紙

 さらに、「線の立体化」として紹介されているのが《DOLLS》(1987)である。人体の線を鉄棒で再構成し、光を当てて影を落とすことで、線を平面から空間へと拡張している。また、利き手と非利き手を同時に使って描く《TESTシリーズ Vol.1 好きになった人》(1996)では、脳から同じ指令が出ていても、手によって異なる線が現れることを視覚化し、線の表現としての奥深さが掘り下げられている。

展示風景より、中央は《DOLLS》(1987)

 「訓練されていない非利き手の方が、むしろオリジナルな感覚に近いのではないか」と語る日比野は、身体と素材の関係性を意識的にずらし、そこから現れる予期せぬかたちを楽しんでいるようにも見える。

 続く第3章「形を探る手つき―意識の先、制約、指令」では、「かたち」を生み出すプロセスに焦点が当てられる。とくに印象的なのが、2011年に三宅島の海岸で制作された100メートルのドローイングである。波に打たれ、紙が揺れ、筆が思うように動かせない自然環境のなかで、それでも描き続けるという行為は、まさに「制約」から生まれる創造の根源を示している。

展示風景より

 ままた、日比野は「自分に指令を出す」というかたちで制作を始めることが多い。パリ滞在中にパスポートを紛失し、ホテルから出られなくなった際に描かれた「PARIS」シリーズ(29点)や、シベリア鉄道での7日間の旅のなかで描いた100点のドローイングなど、動けないという制約のなかでも「描くこと」に向き合い続けている。

展示風景より、壁面の作品は「PARIS」シリーズ(2010)
展示風景より、壁面の作品は「PARIS」シリーズ(2010)

 1989年の《SEXOB》シリーズを原点に持つ新作《SEXOB 2025》では、市販の段ボール箱のみを素材に、切断や組み合わせによって無数のかたちが生み出されている。本展ではこの作品を用いた公開制作も行われており、その制作過程そのものが「かたち」として鑑賞者に提示される構成となっている。

展示風景より、中央は《SEXOB 2025》(2025)

 第4章「つながりを求める手つき」では、日比野が他者とともに表現をつくり上げていく〈共創〉の原点とその展開をたどる。

 その出発点とも言えるのが、1988年に刊行された絵本『えのほん』である。ミキハウスの企画により制作された本書は、読者である子供とのコラボレーションを前提としてつくられた。日比野にとって、絵を描くという行為は何より「誰かに会いたい」「つながりたい」という気持ちに根ざしたものであることが感じられる。

展示風景より、壁面は『えのほん』の原画

 展示室では、『えのほん』の原画358点が壁一面に展示され、あわせて実際に公募で集まった子供との合作絵本16冊も紹介されている。見ず知らずの誰かとの対話から作品が生まれていくプロセスが、丁寧に提示されている。

展示風景より、子供との合作絵本

 また、2002年に茨城県で開催されたワークショップ「on the bridge」も本章の重要な柱となっている。日比野は参加者に「今と自分をつなぐ橋」をテーマに橋のかたちを制作するよう呼びかけ、それらを自身の《忠節橋》や《萱場の橋》と組み合わせて展示。橋というモチーフは、空間的な隔たりや時間的な断絶を越えて「だれか」とつながる象徴として、日比野の活動に幾度も登場してきた。

展示風景より

 本展では、その2002年の《on the bridge》に加え、新たに来館者による橋の作品も募り、2025年版の《on the bridge》として展示空間を更新。十人十色の橋が集まるインスタレーションは、日比野芸術の根底にある「共にあること」への信頼を、視覚的に提示するものである。

展示風景より、2025年版の《on the bridge》の制作コーナー

 第5章「日比野克彦 年譜」では、作品展示だけでは伝えきれない日比野の活動の全体像を、年譜形式で紹介する。本章はたんなる経歴紹介にとどまらず、日比野の“振る舞い”に注目することで、その芸術実践の広がりと社会的影響力を浮き彫りにしている。

展示風景より

 とりわけ2000年代以降、日比野はアートプロジェクトの監修者、2010年代には美術館の館長、そして2020年代には大学長として、美術を社会にひらく多彩な実践を重ねてきた。こうした役割のなかで、彼の表現は「作品」にとどまらず、人と人との関係性や制度、場そのものにまで働きかけるものへと拡張している。

 年譜では本人への取材に加え、ともに活動してきた学生やスタッフ、プロジェクト関係者へのインタビューも交え、絵本や漫画の形式を取り入れながら、日比野の軌跡を多層的に読み解いている。関連図版や資料も豊富に展示されており、作家の意志が社会のなかでどのように作用してきたかを、来場者が直感的に理解できる構成となっている。

展示風景より

 「だれかと」の実践を広げてきた日比野が、再び〈ひとり〉と向き合ったのが、コロナ禍に突入した2020年だった。第6章「〈ひとり〉と絵」では、外出や移動が制限されたこの時期に制作された新作51点の絵画が紹介されている。

 これらの作品は、東京藝術大学が主導する「TURN」プロジェクトの一環として制作された。TURNは、アーティストが福祉施設などにレジデンスし、「出会い」を起点に表現を生み出すプログラムで、日比野はその監修者を務めている。コロナ禍によって海外派遣が叶わなくなった代わりに、これまでの活動を記録・発信する書籍『TURN on the EARTH わたしはちきゅうのこだま』が編まれ、日比野はそのなかで、言葉と絵を通じてプロジェクトの本質を伝えている。

展示風景より

 「パスポートをなくしてホテルにこもったとき」「シベリア鉄道で車窓を眺め続けたとき」──かつての〈とどまるしかなかった時間〉に描かれたシリーズと同様に、今回もまた“動けなさ”のなかで「描くこと」に立ち戻っている。社会との共創を広げてきた作家が、孤独な時間においてなお絵を描くことで世界とつながろうとする姿勢が、鮮やかに浮かび上がる。

 展覧会の締めくくりを飾るのは、長年日比野が制作拠点としていた渋谷のアトリエを再構成した「仮のアトリエ」空間である。

展示風景より、「仮のアトリエ」空間

 このアトリエは建物の老朽化により解体されることとなったが、東京藝術大学ではその空間を文化的資源としてとらえ、日比野克彦のアトリエを保存するプロジェクトが立ち上げられた。本展では、アトリエにあった家具や資料、スケッチなどが展示室に再構成され、作家の創造が立ち上がる“場”の重要性が可視化されている。

 日比野自身、「アトリエは作家がいなければ成立しない場」であり、作品を理解するにはその場の空気、時代性、地域性までも含めてとらえる必要があると語る。展示室では、“作品が生まれる空間”そのものが、ひとつのインスタレーションとして体感できる構成となっている。

 本展は、日比野克彦の表現の核にある〈ひとり〉と〈だれかと〉の往復、そしてその芸術実践がいかに広がり、深まり続けているかを丹念に描き出している。日比野克彦という表現者の現在地と、その核を知る、またとない機会だ。

屋外での展示風景より、《種は船・明後日丸》(2007/2025)