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2025.8.9

特別展 「小沢剛の讃岐七不思議」(香川県立ミュージアム)開幕レポート。独自の視点で切り出す知られていない讃岐の姿

香川県立ミュージアムで、小沢剛の四国初個展となる特別展「小沢剛の讃岐七不思議」が開幕した。会期は10月13日まで。

文・撮影=大橋ひな子(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示風景より
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 香川県立ミュージアムで、美術家・小沢剛の四国初開催の大規模個展となる、特別展「小沢剛の讃岐七不思議」が開幕した。ゲスト・キュレーターは三木あき子(直島新美術館 館長)。会期は10月13日まで。

 小沢剛は1965年生まれ。純粋芸術とそれ以外のものの境界に関心を寄せ、歴史や社会にユーモアと批評精神を交えて様々な問いをなげかける作品をつくることで知られる小沢は、東京藝術大学在学中からプロジェクト型の作品を多く手がけてきた。1993 年より牛乳箱を用いた超小型移動式ギャラリー「なすび画廊」や「相談芸術」、99 年には日本美術史の名作を醤油でリメイクした「醤油画資料館」や、2001 年より女性が野菜で出来た武器を持つポートレート写真のシリーズ「ベジタブル・ウェポン」などを制作している。

 小沢の特徴として、場所の歴史文化や人々との関係性をもとに制作するスタイルがあげられるが、香川県坂出市の鎌田ミュージアムでは、「讃岐醤油画資料館」が恒久設置されており、また直島のヴァレーギャラリーには「スラグブッダ88」が常設展示されるなど、讃岐(香川県)においても多くの作品を生み出している。

 そんな小沢が改めてこの地域で取り組むのは、「七不思議」というテーマ。2008年に金沢で始め、17年ぶりとなる本テーマは、独自の視点で「見るべき、あるいは知っておく"べき"モノ・コト」に着目したものとなっている。「七不思議」という言葉はオカルト要素を感じさせるが、本来「7つの知っておくべきこと」という意味であった。本展は様々な土地を旅しながらリサーチを重ねる小沢が、讃岐という土地で発見した、まだあまり知られていないが皆が知るべきモノ・コトに焦点を当てた内容となっている。

 「七不思議」という言葉に基づき、7つのセクションにわかれて構成される本展は、歴史博物館と美術館の機能をあわせもつ同館ならではの内容となっている。本企画は、同館が収蔵する歴史・美術・民俗などに関する膨大な資料、情報を知る学芸員たちと小沢による対話によって実現した。貴重な所蔵品とともに、それらにインスピレーションを受けて制作された小沢の新作が同じ会場内に展開されている。

 讃岐の「風景」に着想を得た「一の不思議」では、同館所蔵品とともに、讃岐のやさしい風景を綿や羊毛で再現されたものがガラスケースの中に閉じ込められた《やさしい形の風景とやさしい形の作品と並べてみた》が展開されている。ケース内の水面を模した水平地点に目線を合わせると、まるで讃岐の風景を追体験するかのように感じられる。

「一の不思議」の展示風景より

 「二の不思議」では、同館所蔵の重要美術品である《一角印籠》にある細かい模様を、油粘土を使い手作業で拡大版を制作したものが展示されている。何倍にもなった模様を目の前にすると、印籠に彫られたその模様との印象はまったく異なり、まるではじめてその細密な世界を「見ることができた」かのような感覚を覚える。

展示風景より、玉緒象谷 《一角印籠(重要美術品)》(1839) 
展示風景より、小沢剛 《一角印籠を可視化してみた》(2025) 

 小沢の制作には、ときに作家以外の人も関わることがあるが、「三の不思議」では高松市内にある城東保育園に通う子供たちとの共同制作の作品が紹介されている。香川県指定有形文化財「高松松平家博物図譜」のうち《衆鱗図》全4帖を子供たちに模写してもらい、その後それらの絵を小沢が模写する。模写された魚が実際に生息している海の深さに基づき高さを変えて展示される作品は、有名な瀬戸内の歌の譜面を模しているとのこと。展示方法からも、小沢が抱くこの土地へのリスペクトが表れていると言えるだろう。

展示風景より、《衆鱗図 第一帖(香川県指定有形文化財)》 18世紀
展示風景より

 「世界が分断されているように感じるこの時代に、その境界線をなくして自由に人々が行き来できるようになったらいいのに」と語る小沢。「源内焼の世界地図を1つの大陸にしてみた」と題された「四の不思議」では、18世紀後半から19世紀中頃に制作された源内焼を模して、世界の大陸がひとつだったときの地図を施して焼き上げた大皿が展示されている。

展示風景より、小沢剛 《源内焼の世界地図を1つの大陸にしてみた》(2025)

 一度見たら忘れることのできない人形が会場に並んでいる。「五の不思議」で紹介される《直指公御流儀秘事縄雛形(縛り人形)》は謎の多い資料なため、いままで一度も展示されたことがないという。捕縛術、つまり縄の縛り方の伝授に使われたとされているが、その用途は確かではない。小沢は「謎を謎なまま展示するのも面白い」と考え、会場では人形とともに15体以上の縛り人形を集めて暗闇のなか撮影したものが展示されている。

展示風景より、《直指公御流儀秘事縄雛形(縛り人形)》(1825)
「五の不思議」の展示風景より

 讃岐の土地をリサーチするなかで、古くからこの土地に伝わる人形に興味を持った小沢は、老朽化が進み文化財として保存されている人形を使った映像作品を制作。会場では「六の不思議」を「今の人形を古い人形と出会わせてみた」と題し紹介されている。本作は東かがわ市のとらまるパペットランドとのコラボレーションで実現した。

展示風景より、小沢剛 《今の人形を古い人形と出会わせてみた》(2025)

 そして「七の不思議」は、同館の隣にあるレクザムホールの地下にある遺構保存庫が会場となっている。かつて高松城東之丸があった場所であり、本来外にあるはずの石垣が閉じ込められ、内側に入っているという「不思議」が起きている。

 じつは本展実現にあたって、学芸員を交えアイディエーションをしていた段階では、7つどころかもっと多くの「不思議」が候補に出ていたという。そのなかから選りすぐりの「七不思議」が展開する本展で、小沢はどんな讃岐の不思議を切り出したのか実際に見て確認してほしい。

 また番外編として、小沢が1993年に始めた牛乳箱を展示空間にみたてた世界最小の移動式画廊プロジェクト「なすび画廊」も、本展のための特別プロジェクトとして展示されている。12軒の「なすび画廊」に、三木や同館の学芸員が選んだ香川県立ミュージアムの収蔵品の数々が展示されている。

 興味深いのは、これらの「なすび画廊」が、同館内のほか展示室、例えば香川県の歴史を伝える歴史展示室などにも紛れ込みながら展示されているという点だ。もしこの時代に「なすび画廊」があったら何を入れるか、というお題に答えるように、同館学芸員が提案する「なすび画廊」は遊び心にも溢れている。館内を「なすび画廊」を探すようにめぐると、同館の多面的な資料や情報に触れることができるようになっている動線づくりも、讃岐の土地への「知っておくべきモノ・コト」へ接続できる工夫のひとつだと言えるだろう。

展示風景より、特別展展示会場内に展示された「なすび画廊」
展示風景より、松平家歴史資料常設コーナー会場内に展示された「なすび画廊」
展示風景より、歴史展示室内に展示された「なすび画廊」

 なお本展に関連して、プレミアムナイトツアー「小沢剛とめぐる讃岐七不思議」や子供向けワークショップ「小沢さんと7つのフシギにチャレンジ!」 など年代問わず展覧会を楽しめる企画が目白押し。さらに「瀬戸芸美術館連携」プロジェクトの一環でもあるため、瀬戸内国際芸術祭会期中の複数日程において、高松港と香川県立ミュージアムの間で無料シャトルバスが運行される。いずれも夕方以降の運行となっているため、涼しい時間帯に”七不思議行き”のバスに乗り、讃岐の不思議にアクセスしてみてはいかがだろうか。