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2025.12.25

「ソル・ルウィット オープン・ストラクチャー」(東京都現代美術館)開幕レポート。ソル・ルウィットの開かれた思考を追体験する

東京都現代美術館で、日本の公立美術館では初となるソル・ルウィットの個展「ソル・ルウィット オープン・ストラクチャー」がスタートした。会期は2026年4月2日まで。

文・撮影=三澤麦(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示風景より © 2025 The LeWitt Estate / Artists Rights Society (ARS), New York. Courtesy Paula Cooper Gallery.
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 東京・清澄白河の東京都現代美術館で、日本の公立美術館では初となるソル・ルウィット(1928〜2007)の個展「ソル・ルウィット オープン・ストラクチャー」がスタートした。会期は2026年4月2日まで。企画構成は楠本愛(東京都現代美術館 学芸員)。

 ルウィットは1960年代後半、目に見える作品そのものよりも、作品を支えるアイデアや、それが生み出されるプロセスを重視する試みによって、芸術の在り方を大きく転換してきたアーティストだ。ルウィットの指示をもとに、他者の手によって壁に描かれる「ウォール・ドローイング」や、構造の連続的な変化を明らかにする立体作品などの仕事は、「芸術とは何でありうるか」という問いを私たちに投げかけてきた。

 ルウィットの作品が同館に展示されるのは、1995年に開館記念展のひとつとして開催された「レボリューション/美術の60年代 ウォーホルからボイスまで」以来およそ30年ぶり。今年で開館30周年を迎えた同館が、「国外のアーティストを紹介し続ける」というミッションに立ち返り、本個展を開催するに至ったと楠本は語る。

展示風景より
© 2025 The LeWitt Estate / Artists Rights Society (ARS), New York. Courtesy Paula Cooper Gallery.

 なぜルウィットはいまなお多くの関心を集めているのか。それは、アイデアやプロセス、そしてそれを他者と共有するための指示書を重視した芸術への関わり方が、現代においても大きな影響を与え続けているからだ。本展では、そうしたシステムや構造に対するルウィットの関心が、大きく2部構成で提示されている。

 前半の展示室では、主にウォール・ドローイングや立体・平面作品が並ぶ。例えば、展覧会の始まりを飾る《不完全な開かれた立方体 6/20》(1974)は、立方体の辺がすべて成立しておらず、その名の通り不完全な構造を持つ作品だ。本作は、永遠に完成しないものとして、展覧会の冒頭と終盤の両方に配置されており、プロセスを重視したルウィット作品の本質と本展の意図を象徴している。

展示風景より、《不完全な開かれた立方体 6/20》(1974)
© 2025 The LeWitt Estate / Artists Rights Society (ARS), New York. Courtesy Paula Cooper Gallery.
展示風景より、《Artの文字から 青色の線は四隅へ、緑色の線は四辺へ、赤色の線は文字から文字へ》(1972)
© 2025 The LeWitt Estate / Artists Rights Society (ARS), New York. Courtesy Paula Cooper Gallery.

 会場には様々な作品が点在しているが、やはり注目したいのは、本展にあわせて制作された「ウォール・ドローイング」6点である。これらは、ルウィットが残した文章や図面による指示をもとに描かれたものであり、「アーティスト本人以外の手で描かれること」を重視したルウィットの思想が色濃く反映されている。指示書自体はルウィットの存命中に作成されたものだが、他者の手によって何度も新たに実現されるウォール・ドローイングは、ある種のライブ感を伴い、フィジカルな体験として鑑賞者の目の前に立ち現れる。

展示風景より
© 2025 The LeWitt Estate / Artists Rights Society (ARS), New York. Courtesy Paula Cooper Gallery.
展示風景より。本展で展示されている「ウォール・ドローイング」は、ルウィットの作品を管理・継承する「The Estate of Sol LeWitt」の3名と、ローカルクルー14名によって描かれた
© 2025 The LeWitt Estate / Artists Rights Society (ARS), New York. Courtesy Paula Cooper Gallery.

 もっとも広い展示室には、ウォール・ドローイングと立体作品があわせて設置されている。《シリアル・プロジェクト #1(ABCD)》(1983)は、グリッド上に立方体をはじめとする構造体が複数立ち上がり、形態の違いや展開のプロセスを視覚的に示す作品である。使用する形や色彩を最小限に留め、構造の変化やその広がりに焦点を当てることで、完成した形そのものよりも、どのようなルールによって生み出されているのかを考えさせる点に、本作の大きな特徴がある。

展示風景より
© 2025 The LeWitt Estate / Artists Rights Society (ARS), New York. Courtesy Paula Cooper Gallery.
展示風景より、《シリアル・プロジェクト #1(ABCD)》(1983)
© 2025 The LeWitt Estate / Artists Rights Society (ARS), New York. Courtesy Paula Cooper Gallery.

 前半最後の展示室で注目したいのは、《ウォール・ドローイング #770 カラー・インク・ウォッシュを塗り重ねた非対称のピラミッド》(1994)だ。壁面に広がる6色は、赤・青・黄・黒(グレー)を壁面で塗り重ねて描かれたもので、ひとつ前の展示室とは打って変わり、より絵画的な表現が印象に残る。アイデアが簡潔であればあるほど他者と共有しやすいと考えていたルウィットだが、1980年代以降の作品からは、その思想を保ちつつも、新たな表現の可能性を模索し続けていた姿勢がうかがえる。

展示風景より、奥の壁面が《ウォール・ドローイング #770 カラー・インク・ウォッシュを塗り重ねた非対称のピラミッド》(初回展示 1994)
© 2025 The LeWitt Estate / Artists Rights Society (ARS), New York. Courtesy Paula Cooper Gallery.

 展覧会後半では、ルウィットが自身のアイデアを伝えるうえで重要視していた「アーティスト・ブック」の数々が紹介されている。前半のフィジカルな体験とは対照的に、ここでは思考の内側へと潜り込むような鑑賞体験が促される。貴重な資料も多く展示されているため、前半の展示を振り返りながら、じっくりと向き合いたい。

展示風景より
© 2025 The LeWitt Estate / Artists Rights Society (ARS), New York. Courtesy Paula Cooper Gallery.

 本展の開催意義について、楠本はまず「この展覧会は、ルウィットを現代美術の歴史における巨匠として称えるためのものではない」と強調する。ルウィットの初期作品は「オープン・ストラクチャー」と名付けられており、不完全なシステムが、ある意味で“開かれた”状態にあることを示している。展示作品も完成品というより、思考の痕跡や行為そのものであり、それらをたどることで、鑑賞者は様々な角度からルウィットの思考にアクセスすることができる。

 アイデアや指示書を通じて、それらを他者と共有することを重んじたルウィット。その考え方に多層的に触れることができる点こそが、本展の大きな魅力であり、重要なポイントとなっている。

展示風景より
© 2025 The LeWitt Estate / Artists Rights Society (ARS), New York. Courtesy Paula Cooper Gallery.

 なお、同館では本展以外にも、Tokyo Contemporary Art Award 2024–2026 受賞記念展「湿地」(12月25日〜2026年3月29日)が開催中。5回目の受賞者である梅田哲也と呉夏枝よるもので、近年「海路」や「水路」など、水にまつわる考察を作品の重要な要素とするふたりによる展示に注目だ。また、開館30周年記念 MOTコレクション「マルチプル_セルフ・ポートレイト 中西夏之 池内晶子 —弓形とカテナリー」(12月25日〜2026年4月2日)も同時開催されているため、あわせてチェックしてほしい。

「Tokyo Contemporary Art Award 2024-2026 受賞記念展『湿地』」展示風景(東京都現代美術館、2025)より 撮影=髙橋健治 画像提供=Tokyo Arts and Space
「Tokyo Contemporary Art Award 2024-2026 受賞記念展『湿地』」展示風景(東京都現代美術館、2025)より 撮影=髙橋健治 画像提供=Tokyo Arts and Space