奈良美智のモノグラフからミヤギフトシ作品を俯瞰する論考、嶋田美子の『おまえが決めるな!』まで。『美術手帖』2023年10月号ブックリスト
新着のアート本を紹介する『美術手帖』のBOOKコーナー。2023年10月号では、奈良美智のモノグラフからミヤギフトシ作品を俯瞰する論考、嶋田美子のフェミニズム講義『おまえが決めるな!』まで、注目の8冊をお届けする。
奈良美智 終わらないものがたり
400点近い図版を通して、奈良美智の幼少期から直近までの主要な活動を総覧するモノグラフ。ペインティングだけでなく、彫刻・陶芸・写真に加え、ほかのアーティストとの共同プロジェクトについても扱われている。著者は、奈良がしばしば位置づけられる「スーパーフラット」「ネオ・ポップ」といった文脈に対して批判的な言及を行ういっぽうで、茂田井武・松本竣介といった画家やザ・ブルーハーツの音楽がいかに奈良の作品に影響を与えているのかを丁寧に見ていく。また、「No Nukes」と書かれたバナーを掲げる少女を描いた作品に代表される奈良作品の持つ政治的な側面も分析の対象となっている。(岡)
イェワン・クーン=著 河野晴子=訳
青幻舎 6000円+税
ミヤギフトシ 物語を紡ぐ
ミヤギフトシは「American Boyfriend」と名付けられたプロジェクトなどで知られている。本書には、様々な手法による論考に加え、インタビューおよびデビューから現在に至るまでの作品解説が収められている。星野太はミヤギとの個人的交流の記憶を手掛かりに、浅沼敬子は写真論・映像論の知見を手掛かりに、ミヤギ作品を俯瞰して理解する鍵を与えてくれる。岩川ありさとシュテファン・ヴューラーによる論考は、現在の政治・社会状況下でミヤギフトシの作品を受容することの意味を、『ディスタント』と「幾夜」という具体的な作品に沿って考察する。本書を通してミヤギの作品世界の全体像を押さえながら、個別の論点への理解を深めることができる。(岡)
浅沼敬子=編
水声社 2500円+税
おまえが決めるな! 東大で留学生が学ぶ《反=道徳》フェミニズム講義
アーティストの嶋田美子が東京大学教養学部で留学生向けに開いたゼミ講義を書籍化。日本におけるフェミニズムの歴史を、政治思想だけでなく表現史とも絡めながら概説する。明治・大正時代に活動した女性アナキストを紹介する前史から始まり、日本で女性解放運動が興隆した1960年代以降の動向、さらには美術業界のジェンダーバランスやトランスヘイト問題といった今日的なトピックまで、歴史的記述が充実している。「文化が運動を導く」という著者の信念が築き上げた女性主導の運動史。(中島)
嶋田美子=著
白順社 2200円+税
尼人
尼崎、とりわけ著者が生まれ育った「かんなみ新地」と呼ばれる風俗街の近隣地域に対する愛憎入り交じったエッセイ集。家族関係の記述から、松田の不遇な子供時代がうかがえる。上京し、一念発起して東京藝術大学合格を目指すエピソードには引き込まれる。同郷人としてのダウンタウン論や著名アーティストとのエピソードも面白おかしく開陳される。ただ、本書が美術の世界とその外にいる人々との橋渡しになれるかというと、やや疑問がある。著者の狙いとは裏腹にこの本は、本の中に登場する人物の名前がすでにある程度わかる狭いサークルの中に投げ込まれているように感じた。(岡)
松田修=著
イースト・プレス 1800円+税
「ものづくり」のジェンダー格差 フェミナイズされた手仕事の言説をめぐって
手芸は家事労働の一環か、生活にゆとりのある中流階級の手慰みの趣味か。女性化(フェミナイズ)された生産活動である手芸や工芸を取り上げ、それらが近現代の言説上・メディア上でいかに取り扱われてきたかを考証。15年戦争時に一般家庭の女性たちの手芸に求められた役割、「祈り」の具現化と見なされた「千人針」の表象、さらには現代の女子刑務所における工芸品製作がもたらした地域貢献効果など、「ものづくり」のレンジを広くとらえてその文化的・政治的意義を読む。(中島)
山崎明子=著
人文書院 4500円+税
ケアの哲学
ケア論といえば配慮や援助が必要な他者へのコミュニケーション技法に主眼が置かれそうだが、グロイスの掲げる「ケアの哲学」は、これとは一味も二味も違う。ニーチェの「超人」に死の危険をおかすほどの「超健康」を見出し、ハイデガーの「現存在」を「私が私の存在を気にかける」というセルフケア的様態になぞらえるなど、古代から現代までの哲学者の思想を足掛かりに独自のケア論を打ち出す。現代人の「象徴的身体」を視野に入れたグロイスの論は、美術作品の保存やアーカイヴの問題にも接続される内容だ。(中島)
ボリス・グロイス=著 河村彩=訳
人文書院 2400円+税
日台万華鏡
2006年から台湾に暮らす筆者が、「日本と台湾のあわい」から見出したテーマを紡いだエッセイ集。とくに新型コロナへの対応やジェンダー、LGBTQについての話題は、重要な示唆に富んでいる。本書を通じて、お互いがお互いを写し合う鏡のように、相手を知ることが自分を見つめ直す契機になる。ふたつの歴史と文化が絡まり合いながら、いまの私たちがあることが具体性をもって実感できる。
栖来ひかり=著
書肆侃侃房 1600円+税
地球の景色
2015年から8年間、『GQ JAPAN』に掲載された連載が一冊に。2016年にパリに事務所を開くなど、国際的なプロジェクトが増えた著者の、文字通り世界中を移動しながら思考した軌跡を辿ることができる(コロナ禍の回では、過去の海外旅行の記憶が呼び出されていて、それも楽しい)。これからの街と建築について、著者と並走して一緒に考えているような読後感が心地よい。
藤本壮介=著
A.D.A.EDITA Tokyo 2900円+税