EXHIBITIONS
上村松園と美人画の軌跡
福田美術館で「上村松園と美人画の軌跡」が開催されている。
上村松園(1875~1949)の生誕150年を記念した本展では、同館の所蔵品から、松園をはじめとする作家たちの美人画コレクションを展示。松園が生み出した、近代の美人画というジャンルがたどってきた軌跡を見ることができる。
群像の中の一人としてではなく、美しく装った女性の姿を独立した主題として描くという形式は、江戸時代初期に始まった。「第1章 美人画の軌跡と上村松園たち」では、寛文年間(1661~1673)に描かれるようになった「寛文美人図」から、その流れを引き継いで浮世絵師たちが描く肉筆浮世絵を紹介。
近代に入ると、画家は公募展に出品するために自ら描きたい題材に力を注ぎ、技術を磨くようになった。展覧会に出品した作品が一貫して美人画であった松園は、江戸時代以来の美人画の蓄積を自身の芸術の土壌とし、その可能性と理想の美を生涯かけて追い求めた。それは年下の作家たちに影響を与え、美人画を専門に描く日本画家たちも数多く登場することにつながった。第1章では、松園の作品に続き、同じ道に進んだ画家たち、池田蕉園(1886~1917)、島成園(1892~1970)、伊藤小坡(1877~1968)らの作品も一堂に展示されている。
「第2章 軌跡は続く―東京と京都で」では、京都の松園と同時期の画家として、近代の美人画において東京で活躍した鏑木清方(1878~1972)も取り上げられる。江戸の浮世絵の流れを汲む清方は、東京の粋や艶から生まれる美を追求した。
画家であると同時に師匠でもあった清方。第2章では、清方の画塾での指導のもとそれぞれが自らの芸術を開花させた、多様性に富む美人画の世界も紹介される。
また「美人をどう描くか」という問いに挑んだのは日本画家だけではなく、洋画の世界でも多くの画家たちがこのテーマに向き合った。「第3章 軌跡に連なる画家たち」では、そうした画家たちの作品が一堂に会する。岸田劉生(1891~1929)、岡田三郎助(1869~1939)、小磯良平(1903~1988)、東郷青児(1897~1978)ら明治・大正・昭和を代表する洋画家たちの表現を堪能してほしい。
なお、第2会場となる嵯峨嵐山文華館では、展覧会「浮世絵と美人画の軌跡」と続く。
上村松園(1875~1949)の生誕150年を記念した本展では、同館の所蔵品から、松園をはじめとする作家たちの美人画コレクションを展示。松園が生み出した、近代の美人画というジャンルがたどってきた軌跡を見ることができる。
群像の中の一人としてではなく、美しく装った女性の姿を独立した主題として描くという形式は、江戸時代初期に始まった。「第1章 美人画の軌跡と上村松園たち」では、寛文年間(1661~1673)に描かれるようになった「寛文美人図」から、その流れを引き継いで浮世絵師たちが描く肉筆浮世絵を紹介。
近代に入ると、画家は公募展に出品するために自ら描きたい題材に力を注ぎ、技術を磨くようになった。展覧会に出品した作品が一貫して美人画であった松園は、江戸時代以来の美人画の蓄積を自身の芸術の土壌とし、その可能性と理想の美を生涯かけて追い求めた。それは年下の作家たちに影響を与え、美人画を専門に描く日本画家たちも数多く登場することにつながった。第1章では、松園の作品に続き、同じ道に進んだ画家たち、池田蕉園(1886~1917)、島成園(1892~1970)、伊藤小坡(1877~1968)らの作品も一堂に展示されている。
「第2章 軌跡は続く―東京と京都で」では、京都の松園と同時期の画家として、近代の美人画において東京で活躍した鏑木清方(1878~1972)も取り上げられる。江戸の浮世絵の流れを汲む清方は、東京の粋や艶から生まれる美を追求した。
画家であると同時に師匠でもあった清方。第2章では、清方の画塾での指導のもとそれぞれが自らの芸術を開花させた、多様性に富む美人画の世界も紹介される。
また「美人をどう描くか」という問いに挑んだのは日本画家だけではなく、洋画の世界でも多くの画家たちがこのテーマに向き合った。「第3章 軌跡に連なる画家たち」では、そうした画家たちの作品が一堂に会する。岸田劉生(1891~1929)、岡田三郎助(1869~1939)、小磯良平(1903~1988)、東郷青児(1897~1978)ら明治・大正・昭和を代表する洋画家たちの表現を堪能してほしい。
なお、第2会場となる嵯峨嵐山文華館では、展覧会「浮世絵と美人画の軌跡」と続く。
