2025.12.10

観て、参加して、買う。3つの体験がひとつになった「バグスクール2025:モーメント・スケープ」の魅力とは?

リクルートホールディングスが運営するアートセンターBUGで、「バグスクール2025:モーメント・スケープ」が12月17日から2026年2月8日まで開催される。7人のアーティストによるグループ展、日々行われる参加型プログラム、会場での作品購入が有機的に組み合わさった企画だ。今年で第3回を迎え、すっかり年末の恒例行事となった同プロジェクトについて、立ち上げからゲストキュレーターとして携わる池田佳穂と、参加アーティストのAokid、芦川瑞季、吉田勝信が語る。

聞き手=山内宏泰 撮影=手塚なつめ

左から、池田佳穂、Aokid、芦川瑞季、吉田勝信
前へ
次へ

第3回を迎えた「バグスクール」の現在地

──今年で第3回を迎える「バグスクール」とはいったいどのようなものか、改めて教えてください。

池田佳穂(以下、池田) リクルートホールディングスによって東京・銀座で30年以上にわたり運営されていた「ガーディアン・ガーデン」と「クリエイションギャラリーG8」という2つのギャラリーでは、年末のチャリティー企画が定番でした。アーティストやデザイナーが制作したプロダクトを販売するもので、毎回大きなにぎわいを見せていました。

 これら2つのギャラリーが閉じられ、新たに「BUG」が立ち上がる際、このチャリティーイベントを引き継いだ企画ができないかとBUGから相談を受けました。どのようなかたちで継承できるかを検討した結果、リクルートホールディングスが30年以上にわたってアーティストを支援してきた背景を踏まえ、また来場者との関係性を構築するうえで私自身がラーニングのアプローチに興味があったことから、「グループ展+参加型プログラム+作品販売」を三本柱とするアートプロジェクトを構想しました。

 これにより来場者は、多様な楽しみ方ができるようになります。グループ展で各アーティストの視点に触れて感性を刺激され、参加型プログラムで創作の背景をより深く知り、さらに心に響いた作品を購入することもできます。アーティストにとっても、幅広い経験を積むことで成長につながり、今後のキャリアに弾みをつけるきっかけとなります。こうした「グループ展+参加型プログラム+作品販売」を兼ね備えた企画は国内では例が少ない印象で、アーティストにとっても、来場者にとっても、そしてBUGや私自身にとっても、実験的な学び場として取り組んでいきたいという思いも込めて、名称を「バグスクール」としています(2024年のバグスクール詳細記事はこちら)。

池田佳穂

──当初のねらい通りのものが、第1回と第2回では実現できていますか?

池田 一昨年の第1回は、3つの要素を組み合わせた新しい企画フォーマットに挑戦したこともあり、アーティストやBUGと二人三脚で開催にこぎつけることで手一杯だった面もあります。しかし昨年の第2回からは、「かたちになってきた」という手応えがありました。展示を気に入り、参加型プログラムにも足を運んでくださった方が作品を購入されるなど、3つの要素が有機的につながる例も見られるようになってきました。ふだんはなかなか「売る」ことに意識が向かないアーティストが、積極的に作品販売に取り組むなど、新しいチャレンジも数多く生まれています。

──そうした成果を受けて、第3回バグスクールは、どんな点に注力したのでしょう。

池田 まず各アーティストに、会期中に参加型プログラムを最低2回は実施しましょう、と声をかけました。学び場としてアーティストと来場者が触れ合う機会は、できるだけ増やしていきたいからです。また今年は、「生活」にも焦点を当てているので、飲食目的のカフェスペースの壁面も思い切ってひとりのアーティストの展示エリアとして振り分け、環境に呼応したサイトスペシフィックな作品を展開してもらう予定です。あの場所でひとりのアーティストが展示を行うのは、BUG史上初めてのことだと思います。さらに、展示スペースにはカフェの格子壁と似た素材を展示壁として使用し、これまで分断されがちだったBUGの展示スペースとカフェスペースとの境界を、あえて曖昧にしました。今年はバグスクール目的でないカフェ利用者もふらっと入ってもらえたら嬉しいです。

「モーメント・スケープ」に込められた意味とは?

──今回のタイトル「モーメント・スケープ」には、どんな意味を込めていますか?

池田 バグスクールのタイトルは、「これってどういう意味なんだろう?」と立ち止まってもらえるような少しヘンテコなものがいいと考えています。今回は「瞬間(Moment)」と「風景(Scape)」を組み合わせた造語にしました。自分たちの「生」や「生活」の在り方を、様々なスケール感でとらえ直すことに焦点を当ててみよう、という意図があります。制作のヒントとしてふたつのキーワード「Pile of Moment(積み重なる瞬間)」「Catch Moment(とらえる瞬間)」をアーティストと共有することも試みました。日々の経験や思考の蓄積が私たちの営みや光景をかたちづくっていることや、また感受性が刺激される瞬間には普段とは異なるものの見方が生まれることなどを意識してほしい、そんな気持ちを込めています。ただし、両キーワードの解釈はアーティストに完全に委ね、さらに一方のみでも両方を行き来するのでもOKとしています。

──そんな方針のもと、どのようなアーティストが参加することとなったのでしょうか?

池田 参加するのは、Aokid、芦川瑞希、 KANOKO TAKAYA、坂本森海、タツルハタヤマ、八木恵梨、吉田勝信の7名です。「Pile of Moment」「Catch Moment」というふたつのキーワードについて、ともに考えていただけそうなアーティストに声をかけていきました。

 今回この場には3名のアーティストが集まってくださったので、ご紹介します。 Aokidさんはダンサーとして、パフォーミングアーツの作品に取り組むだけでなく、身体の感覚を起点にドローイングや映像作品も制作しています。さらに、公共空間で緩やかに人を集め、自由に踊ったり語ったりする自主プロジェクトも続けています。

 続いて芦川瑞季さんは、出会った風景やそのときに受け取った感覚を起点に、版画作品を制作しています。身近な都市風景や、近年は埋立地をモチーフとされることが多いです。リトグラフ技法を活用し、風景の断片とイラストを組み合わせた作品は不思議とどこか懐かしさを感じさせます。

 そして吉田勝信さん。最初はデザイナーとしての仕事に惹かれて調べていたところ、「採集家」と名乗り活動されていると知りました。海や山から採集した素材でインクをつくり、現代社会の産業に実装する発想や、制作においてつねに実験的な姿勢が非常にユニークで、学び場を目指すバグスクールでぜひご一緒したいと思っていたところ、今回実現しました。

──アーティストのみなさんは第3回バグスクールで、どのような作品を披露される予定ですか?

Aokid 先日、VR(仮想現実)とAR(拡張現実)を組み合わせたXR(クロスリアリティ)の作品を制作する機会がありました。その経験とダンスを絡めて、展示を構成できないかと考えています。人はいきなり「踊ってください」と言われても、なかなか踊れないものですよね。では、踊る気分をどうやって生み出すのか。そのきっかけを探るような作品をつくってみたいと思っています。今回はグループ展という枠組みがありますが、そこにオルタナティブな視点を持ち込めたらと考えています。

Aokid

芦川瑞季(以下、芦川) 2020年頃から、東京のゴミ埋め立て地を取材しています。時間の経過とともにその場所の光景が移り変わっていく様子を、作品としてとらえられたらと思っています。私は主にリトグラフという技法を用いて作品を制作しています。デジタルで絵を描く場合は簡単に修正できますが、リトグラフはいったん描いたものを取り消せないメディアです。人目につかない場所で刻々と変化し続ける景色を、こうした不可逆性の強い描画方法でとらえたら、何かおもしろいことが起こるのではないかと考えました。その挑戦の成果をご覧いただきたいと思います。

芦川瑞季

吉田勝信(以下、吉田) 私は、19世紀のフランスで活動した発明家ニセフォール・ニエプスに着目しています。彼は写真の発明に関わったことで知られていますが、同時に石版印刷の研究も行っていました。その場にある光をいかに定着・複製するか、そこに彼のアイデアの根源があったのです。複製をつくる際に彼が活用した素材はビチューメン、つまりアスファルトでした。調べてみると、僕が住んでいる山形をはじめ日本海側の地域で天然のアスファルトが産出されることを知り、ならば自分で採集し光の複製を試みることで、ニエプスの研究を継承してみようと考えました。展示にあたっては、光を複製している“そのプロセス”自体を、いかに見せられるかを思案しています。

吉田勝信

「バグスクール」の楽しみ方

──バグスクールが注力している作品販売については、どう取り組みますか?

Aokid 自分の作品が売れるかどうかは、正直フタを開けてみないとわかりません。ただ今回は、いろいろなプログラムが用意されていて、来場者とのコミュニケーションの経路も多く生まれるはずです。そのつながりを販売にも結びつけられたらいいなと思っています。作品の販売については、これまでなかなか苦労してきました。とくにダンスは対価労働のような側面があり、舞台で動いた分の報酬をいただくというのがベースとしてありますが、そのダンスでのワークショップ的なアプローチとアートを結びつけるようなアイデアに期待などしつつ、「売る」ということを改めて考える機会にできたらと思います。

芦川 版画作品は平面で比較的売りやすい形態ではありますが、複製できるため一点モノにはなりません。買う側からすれば、「この世にたったひとつの作品だから欲しい」という気持ちもあると思うので、エディションがある版画は不利に見える面もあります。今回は、そのあたりの解決策も探ってみたいです。例えば、なんらかの方法でインスタレーションと組み合わせて販売するなど、できるかぎりの試みをしてみようと考えています。

吉田 今回の展示で販売できるものとしては、会場で複製した光そのものや、光の複製装置、光を複製するための“レシピ”、あるいはこれまで僕が取り組んできた制作プロセスをまとめたテキストなどが考えられます。かたちのない「光」を、どのように販売という経路にのせていくか。その方法を、ぎりぎりまで模索したいと思っています。

左から、池田佳穂、Aokid、芦川瑞季

──自身の作品やプログラムを、来場者にどう楽しんでもらいたいですか?

Aokid 巷には展覧会があふれていますが、どこかのっぺりとした体験に終わってしまうことも多いように感じています。今回の展示では、顔が赤らんだり、動悸が激しくなったりと、身体が反応するほどの衝動的な体験を組み込めたらと考えています。

芦川 たしかに、私もAokidさんと同じようなことを感じています。展覧会の場で、誰かが作品に没入して動けなくなってしまうような光景って、あまり見かけませんよね。観る人が画面に惹き込まれ、思わず我を忘れてしまう。そんな状態を、自分の作品によって生み出せたらと思っています。

吉田 バグスクールが提供しようとしている鑑賞体験・参加型プログラム体験・作品購入の体験の3つをフルに味わってもらえたら何よりですが、どんなかたちであれ、まずは足を運んでもらえたらうれしいです。僕としては、予備知識がまったくない状態でふらりと立ち寄った人にも、おもしろさがきちんと伝わる作品やプログラムを提供したいと考えています。

池田 展示そのものが見応えある内容になっているのはもちろん、各アーティストが日々参加型プログラムを開いているので、BUGに来ればいつも何かが起きている、そんなアクティブな雰囲気が今年も生まれています。ぜひ一度と言わず、何度でも足を運んでいただけたらと思います。

左から、池田佳穂、Aokid、芦川瑞季、吉田勝信