2024.9.17

「両大戦間のモダニズム:1918-1939 煌めきと戸惑いの時代」(町田市国際版画美術館)レポート。20世紀の光と影を版画表現で追う

約100年前、ふたつの大戦をはさんだ約20年間に生み出された版画作品に焦点を当てた展覧会が町田市国際版画美術館で開催されている。近代化による繁栄と戦争の空気を鋭くとらえたアーティストたちが表した「モダニズム」は、現代に何を問いかけるのか。

文=坂本裕子

「3-3 シュルレアリスム:版に刻まれた偶然、幻視、強迫観念」展示風景より、マックス・エルンストのコラージュ・ロマンとマン・レイの『回転扉』
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「モダニズム」がもたらしたもの

 近代化により西欧を中心に経済、産業、文化が大きく進展した20世紀は、生活が一変し、娯楽や消費も活発になった時代。いっぽうで、経済格差の拡大、列強の軍事強化などがふたつの世界規模の戦争をもたらし、「戦争の世紀」とも呼ばれる。

 表現者たちは、都市の繁栄や喧騒、人々をとらえ、新しい技術を讃えると同時に、その影にある貧困や、人々の不安感、そして戦争の恐怖、悲惨を表した。

 第一次世界大戦と第二次世界大戦の狭間となる約20年、モダニズムの時代を版画に表したアーティストたちの作品約230点を展覧する「両大戦間のモダニズム:1918-1939 煌めきと戸惑いの時代」が町田市国際版画美術館で始まった。4つの章にはテーマのほかに、「版画作品と雑誌・挿絵本」「抽象と具象」「新旧の版画技術」といった要素が織り込まれ、重層的な切り口と多彩な版画表現から時代を感じる空間になっている。

会場1階の壁面案内

「ベル・エポック」に感じる予兆。1.「両大戦間」に向かって:Before 1918

 19世紀末から20世紀初頭、ベル・エポック(美しい時代)と呼ばれた第一次世界大戦勃発前夜の作品をみていくプロローグ。

 芸術の都パリでは華やかな都市文化が開花する。多色刷りリトグラフのポスターが街を彩り、キャバレーやカフェがにぎわういっぽう、貧困や退廃も深まる様相を、黒白の版画に皮肉を交えて表したのがフェリックス・ヴァロットンだ。雑誌ではアンドレ・エレやテオフィル・アレクサンドル・スタンランらが、社会を風刺した挿絵を描いた。こうしたまなざしは、1914年の戦争勃発を機に、その無残さを描き出したオットー・ディックスや、人々の苦しみを伝えたジョルジュ・ルオーらが引き継いで、初の近代戦争の衝撃を伝える。

「1-1 ベル・エポックの光と闇:ヴァロットンとその時代」展示風景より、フェリックス・ヴァロットンの版画とポスター展示
展示風景より、ジョルジュ・ルオー『ミセレーレ』(1922-27[1948刊]、町田市国際版画美術館)

第一次世界大戦後の各国の諸相。2.煌めきと戸惑いの都市物語

 第一次世界大戦後は、各国様々な立場で束の間の平穏を享受した。各々の都市をテーマとした版画や雑誌、絵本などの印刷物に、新しい社会への期待と不安を読み取ることができる。

  戦勝国フランスは「狂騒の時代」と呼ばれた好景気。ファッションの発信地パリでは雑誌が続々と再刊される。型紙を使用して手彩色をする「ポショワール(ステンシル)」の手法による美しく豪華な雑誌は、その技術とともに注目したい。アール・デコに代表される流行は、同じく戦勝国としてニューヨークに摩天楼が形成されつつあったアメリカに『ヴォーグ』誌にも波及し、大正期の日本でも憧れをもって受容されていく。藤田嗣治が活躍したものこの時期だ。

「2-1 フランス:パリ・モードの輝き」展示風景より
展示風景より、『ヴォーグ』(伊藤紀之コレクション)

 多額の賠償金を課せられた敗戦国ドイツはワイマール共和国が成立するも極端なインフレのなかで、ある種ヒステリックな喧騒を抱える。戦争の悲惨と、都市の危うさが、マックス・ベックマンらの作品に漂っている。

展示風景より、マックス・ベックマン『都市の市』(1921、町田市国際版画美術館)

 社会主義国家となったロシア(ソビエト連邦)では、芸術家たちも理想と期待から「ロシア・アヴァンギャルド」運動を進め、子供の絵本やプロパガンダ雑誌などに展開する。アヴァンギャルドの多様な活動は、やがて国家の統制により粛清されていくが、複雑なとじ込みや異なる紙を重ねたプロパガンダ誌の製本とレイアウトはいまも斬新である。

展示風景より、ソビエトの絵本

新たな表現を版画に見いだす。3.モダニズムの時代を刻む版画

 この時期、写真や映画が新しい表現として脚光を浴びるなかで、敢えて旧来からある版画で表現を追求したアーティストが、「抽象表現」「挿絵本文化」「シュルレアリスム」のキーワードから紹介される。

 古い慣習を捨て新時代へと進むモダニズムと、近代文明を捨て伝統に立ち返る「秩序への回帰」のふたつの動向がせめぎ合う第一次世界大戦後のヨーロッパで、伝統的な写実から離れたアーティストは抽象表現へ向かい、その版画は前衛的なイメージとして広がっていく。ピエト・モンドリアンと並びフランティシェク・クプカの版画が興味深い。

展示風景より、右からピエト・モンドリアン『シルクスクリーン12枚のポートフォリオ』《色面によるコンポジション No.3》(1957、原画1927)、ソニア・ドローネー《赤の大プロペラ》(1970、ともに町田市国際版画美術館)
展示風景より、フランティシェク・クプカ『黒と白の4つの物語のために』(1926、町田市国際版画美術館)

 いっぽう、パリでは挿絵本文化が花開き、古典的な技法が改めて注目される。アンリ・マティスパブロ・ピカソなど巨匠たちも多く版画を制作した時代。ラウル・デュフィらが設立した独立版画協会は版画のリバイバルをけん引する。協会のメンバーとして、独自の技法を編み出した長谷川潔をみるのも新鮮だ。

「3-2 挿絵本文化:独立版画家協会と版画のリバイバル」展示風景より、マティス、ピカソの作品
展示風景より、長谷川潔 『竹取物語』(特別会員版)(1926-33[1933刊]、町田市国際版画美術館)

 シュルレアリスムでは、マックス・エルンストのコラージュを挿絵にした「コラージュ小説(ロマン)」が原画と併せて見られる嬉しい機会だ。このほかマン・レイのカラフルなポショワール『回転扉』や、サルバドール・ダリの銅版画『マルドロールの歌』の連作も紹介される。

展示風景より、マックス・エルンスト『カルメル修道会に入ろうとしたある少女の夢』(1930年刊とコラージュ原画、ともに町田市国際版画美術館)
「3-3 シュルレアリスム:版に刻まれた偶然、幻視、強迫観念」展示風景から マックス・エルンストのコラージュ・ロマンとマン・レイの『回転扉』

戦争の記憶と未来を見据えて。4.「両大戦間」を超えて:After1939

 戸惑いや不安をはらみつつ多様に煌めいた時代は、ファシズムの台頭と第二次世界大戦の勃発で終わりを告げる。戦火を逃れアメリカに亡命したアーティストは700名にのぼるそうだ。以後、アートシーンはニューヨークへと移っていく。アーティストたちの去就と戦後の展開を垣間見るエピローグ。

 ここでは、イギリス出身の版画家スタンレー・ウィリアム・ヘイターに注目したい。パリに版画工房を構え、ジョアン・ミロ、エルンストたちに版画技法を伝え、ニューヨーク亡命後もジャクソン・ポロックらアメリカのアーティストに影響を与えた人物だ。ソフトグランド・エッチングによる動きのある柔らかな線や、銅版の腐食深度やインクの粘度などを利用した独自の一版多色刷りの技法を確認しよう。

「4-1 第二次世界大戦:留まる/亡命するアーティスト」展示風景より、スタンレー・ウィリアム・ヘイターの作品

 フェルナン・レジェが絵とテキストを手がけた挿絵本『サーカス』が最後を飾る。第一次世界大戦の従軍中に兵器の機能美に魅せられた彼が、戦後フランスに帰国した晩年に遺したのは、カラフルな画面にどこか淋しさをたたえたサーカスの情景と「20秒で破壊される樫の木が、再び芽を出すのには1世紀かかる」と綴った自然の再生に託した平和への祈りだ。

展示風景より、フェルナン・レジェ『サーカス』(1950刊、町田市国際版画美術館)
展示風景より、フェルナン・レジェ『サーカス』107/110ページ(1950刊、町田市国際版画美術館)

 本展は両大戦間に近似しているといわれる現代の世相に端を発して企画された。飛躍的な技術革新で利便性が高まり、ますますグローバル化するいっぽう、排他主義を掲げるナショナリズムもふたたび台頭しつつあるいま、この空間は、わたしたちに何を語りかけてくるだろうか。