2024.12.14

「MOTアニュアル2024 こうふくのしま」(東京都現代美術館)開幕レポート。複雑な現実と見えざるつながり

東京都現代美術館で「MOTアニュアル2024 こうふくのしま」が開幕した。清水裕貴、川田知志、臼井良平、庄司朝美の4名の作家による最新作を通じ、現実の複雑さや多義性を探求し、見る者に新たな視点を提供する。

文・撮影=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示風景より、臼井良平の作品群
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 1999年より東京都現代美術館で開催されてきた、現代美術に新たな視点をもたらすグループ展「MOTアニュアル」。その第20回となる「MOTアニュアル2024 こうふくのしま」が開幕した。会期は2025年3月30日まで。

 本展では、清水裕貴、川田知志、臼井良平、庄司朝美の4名の作家の最新作が展示され、それぞれが現実の複雑さや多義性をどのように視覚的に表現しているのかを探る。担当学芸員は楠本愛である。

 展覧会の副題にある「しま(島)」は、4名の作家が拠点を置く「日本列島」の地理的条件に対する再定義を含んでおり、展示される作品群もそのテーマを反映した内容となっている。また、ここで言う「島」とは、従来の「海に浮かぶ閉じられた地形」ではなく、「海底ではほかの大陸や島とつながっている開かれた地形」としてとらえ、私たちの目に見える世界とその背後にある見えざるつながりを意識させる。

展示風景より、清水裕貴の作品群

 清水裕貴の作品は、水にまつわる土地や歴史、伝承などをリサーチし、写真とテキストを組み合わせることで、フィクショナルな世界をつくり上げている。本展では《星の回廊》というタイトルで、中国の大連、稲毛などの海岸の写真や東京湾の風景が展示される。また、大連の海で腐食させたフィルムを用いてプリントした写真も展示され、物語の朗読やテキストも加わり、時間と記憶の多層性を感じさせる。

展示風景より、清水裕貴の作品群

 大連に焦点を当てたのは、清水が稲毛にある神谷傳兵衛稲毛別荘との出会いがきっかけだったという。この別荘はかつて海に面していたが、埋め立て工事によってその風景が変わり、清水はこのような土地の変遷に深い影響を受けた。また、稲毛という土地は、大日本帝国の陸軍と深い関係があり、大連の海岸にも多くの言い伝えや、その町を建設した日本人たちの歴史と絡み合っている。歴史や人々が交錯するこの場所で重なり合ったものを作品に反映させている。

展示風景より、川田知志の作品群

 川田知志は、伝統的なフレスコ技法を軸とする壁画の制作・解体・移設を通じ、日本社会の基盤を支える構造や仕組みとその変化をとらえようとする。本展では、郊外の風景をモチーフに描いた全長約50メートルの壁画が展示され、1月下旬まで展示室での制作が続くという。加えて、これまで使ってきた素材やフレスコ壁画を描いている工程を記録した映像も紹介されている。

展示風景より、川田知志の作品群

 臼井良平は、日常の匿名的な出来事や状況をテーマに、とくにプラスチック容器やペットボトルをガラスで精密に再現する作品を制作している。本展では、無機的な都市の風景を思わせる空間のなかで、ガラスでつくられたペットボトルが様々な支持体に置かれたインスタレーションが発表され、観る者に新たな視点を提供している。

展示風景より、臼井良平の作品群
展示風景より、臼井良平の作品群

 2016年頃から、半透明のアクリル板を支持体に、油絵で美しいストロークを生かした作品を制作してきた庄司朝美。昨年からはキャンバスも取り入れ、大型の画面で身体性を強く意識した作品を制作している。本展では、これらの大型作品が国内で初めて公開されている。

展示風景より、庄司朝美の作品群

 庄司にとって、絵を描くという行為は身体そのものの表現であり、大きなキャンバスに描く際、その身体の動きがそのまま絵に反映され、描かれる主体であり、描く主体でもあるという二重の身体性が絵画のなかにある。そこからイメージが生まれ、立ち上がったかたちを追いかけていくと、最終的に出口のような場所にたどり着き、絵が完成する。

展示風景より、庄司朝美の作品群

 展示室の梁では、絵から飛び出したような1羽の黒いカラスも展示されており、展示室内にある双眼鏡を使って見ると、自分だけの目のなかで1枚の絵を鑑賞することができる。また、隣の小さな展示室では、庄司は作品がどのように生成されていくかの過程を追体験させる。壁には小さな作品が多く展示され、映像作品も併せて展示されている。

展示風景より、庄司朝美の作品群

 最後の展示室では、同館のコレクションから国吉康雄の絵画《幸福の島》が展示されている。この展覧会のタイトルも同作から引用しており、その意図について楠本は、「『MOT アニュアル』は年に1回開催される展覧会なので、その年の時代を横の軸で切り取るかたちとなっている。しかし、そこに別の軸を加えることで、展覧会がより多層的な経験になるのではないかと思った」と説明している。

展示風景より、国吉康雄《幸福の島》(1924)

 国吉康雄は1889年に生まれ、移民としてアメリカに渡り、のちにアメリカを代表する具象画家のひとりとして評価されている。今回の《幸福の島》は、いまから100年前の1924年に描かれた作品であり、その年は、日本からアメリカへの移民を禁止する法律ができたり、戦争に向かう時代の動きが感じられる時期でもあった。また、国吉は戦争前からアーティストの権利や自由、平等を守る社会運動にも積極的に関わっており、非常に現代的な作家であったとも評されている。

 「今回の4名の作家も、社会の現状や課題に直接言及する作品ではなく、複雑な現実をどう見るかということをテーマにしているため、国吉の作品と通じる部分があると感じた」と楠本は話した。また、本展について次のような期待を寄せている。「美術には様々な役割がある。想像力を持って世界を見たり、それによって何かを感じ取ったりすることが、美術の豊かさのひとつだと思う。このアニュアル展を通して、そういった側面にも目を向けていただけるきっかけになれば嬉しい」。

 本展で4名の作家は、世界とその背後にある複雑な現実を深く掘り下げ、多層的な意味を提示する。本展を通じ、私たちもまた、世界のつながりや現実の複雑さに対する新たな視点を見つけるができるだろう。

2024年12月18日追記:一部の内容を訂正いたしました。