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2025.8.21

パープルームはなぜギャラリーをダイエー海老名店に出店するのか。梅津庸一に聞く

アーティスト・梅津庸一が主催するパープルームが、8月25日、ダイエー海老名店にギャラリーをオープンさせる。なぜ、郊外のショッピングセンターにギャラリーを出店するのか。その理由を聞いた。

文=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

左から梅津庸一、安藤裕美、田辺賢都、わきもとさき。オープン準備中のダイエー海老名店の店舗前にて 提供=パープルーム
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 アーティスト・梅津庸一が主催する共同体・パープルームが、8月25日に神奈川・海老名のダイエー海老名店にギャラリーをテナント出店する。なぜ、郊外のショッピングセンターに出店するのか。その理由を聞いた。

ダイエー海老名店 撮影=編集部

 まずは新店舗の立地について確認したい。海老名市は神奈川県央に位置し、人口は約14万人。タワーマンションの建設をはじめとする駅前の再開発や鉄道網の再整備によって、近年は子育て世代を中心に人口の増加が続く。中心駅となる海老名駅は小田急小田原線、相鉄本線、JR相模線が乗り入れており、小田急で新宿へ、相鉄で横浜へ1時間以内に行けるほか、近年は相鉄とJR・東急との直通運転が開始され、渋谷や池袋、乗り入れ先の東京メトロの都心部駅へも乗り換えなしで行けるようになった。ほかにも相鉄新横浜線を経由すれば東海道新幹線の新横浜駅へ、JR相模線でリニア中央新幹線駅の開業が決まっている橋本駅へ1本で行けるなど、首都圏以外へのアクセスも良好な立地といえる。

海老名駅前の大型商業施設「ビナ・ウォーク」 撮影=編集部

 パープルームが出店するダイエー海老名店は、ペデストリアン・デッキでこの海老名駅に直結しており、徒歩3分ほどで店内にたどり着くことができる好立地だ。

なぜ、ダイエー海老名店なのか

 パープルームは、かつて海老名より相模川沿いに北上した相模原駅と上溝駅の中間地点で約10年活動を続けており、ギャラリーも同所で運営してきた。しかし、2024年に建物の老朽化によって立ち退くこととなり、その後、立川の物件で活動の継続を模索していたが、こちらも立地の問題により断念することになる。そのパープルームが、なぜ海老名の、しかもダイエーに店舗を構えることになったのか。その経緯について梅津は次のように語った。

梅津庸一 撮影=編集部

 「現在のアート界は、マーケット、ギャラリー、美術館、キュレーターやプロデューサー、芸術祭など、いずれもがポジショントークありきの固着した状態で、同じところをずっと巡回しているように思えます。私自身、そういったところで戦い続ける疲れから、陶芸を始めたという経緯もありましたが、もちろん陶芸にも同様の構造が存在しています。そういった状況に、アーティストとして飽きや疲れを感じていたのは事実です。海老名は陶芸窯や陶芸用品を扱うシンリュウさんが近隣にあることもあり、こちらのダイエーも含めて度々訪れる場所でした。あるとき、たまたまダイエーに立ち寄ったら、空きテナントに募集の告知があったので『ここだ!』とピンときて、応募をしてみることにしたんです。アートとは直接的な関連性の薄いこの場所でなら刺激も多く、飽きずにやっていける。直感ですが、そんな気がしました」。

ダイエー海老名店の2階専門店フロア 撮影=編集部

 ショッピングセンターという、既存のアートとは縁遠い場所にギャラリーをオープンさせるうえでは、ルールや価値観の相違ゆえに苦労する場面も多いのではないだろうか。梅津は次のように語る。

 「『アートで街を振興しよう』といったプロジェクトの一貫としてやっているわけではなく、純粋なひとつのテナントとして出店しています。行政や団体の支援などはいっさいありません。審査には時間を要しましたし、利益を追求しないギャラリーを店舗として運営する、というコンセプトを説明するのも苦労しました。施工や店舗デザインに関しても、アートとは無縁の場所で展開するがゆえに、様々な折衝が発生しています。これは、おそらくオープン後も続いていくことでしょう。しかし、こういった折衝こそが、本当の意味で街にアートを存在させるために必要なことなのではないでしょうか」。

作品搬入の様子 提供=パープルーム

生活とアートの同居をギャラリーで見せる

 実際の店舗はどのようなものになるのか。ダイエー海老名店は1階が食料や衣料品、フードコートなどを中心としたフロア、2階は専門店フロア、3階は子供向けのアミューズメントフロア、そして屋上がゴルフ練習場とバッティングセンターとなっており、パープルームが入居するのは2階となる。同じフロアには100円ショップやジム、ベビー用品店、質屋、カードショップなどが入居している。

オープン準備中のパープルームの店舗外観 撮影=編集部

 ギャラリーはかつて整体院だった店舗の居抜きで、床面積は約90平米と都内の著名ギャラリーにも引けをとらない大きさとなっている。店内はパネルを組み合わせ、2つのギャラリースペースとそこをつなぐ廊下、そしてバックヤードを構成した。照明は店舗据え付きの照明を引き続き使うほか、レールもあらかじめ設置されてるので、それを利用したスポット照明も用意するという。壁色は寒色系のグレー。これもダイエーの店舗内の照明が暖色系であることから、差異化を意図して選ばれた色なのだそうだ。

オープン準備中のパープルームの内観 撮影=編集部

 運営については店長を梅津が、副店長を同じくパープルームの安藤裕美が務める。8月中は無休で運営するが、9月からは月、火曜日を休業日にする予定だ。

気になるこけら落としの展覧会は

 オープニング展示はまだタイトルが未定なものの、これまでパープルームに関わってきたアーティストのほか、地域の作家、新規に紹介する作家などを合わせた40人規模、100点を超えるグループ展になる。本展のコンセプトについて、梅津は次のように述べる。

展示予定の中ザワヒデキの作品

 「ある意味ではオーソドックスな展覧会になると思います。食品や日用品といった、生活に必要な商材と同じ入口から作品を搬入し、展示する。訪れるお客さんも、生活のための商品を買うついでに作品を見たり、買ったりすることになる。重要なのはこうした生活のサイクルのなかにギャラリーを位置づけること。『部屋に飾りたい』『これはなんだろう?』といった、作品に対する素朴な感想に寄り添えるものを提案したいと思っています」。

オープン準備中のパープルームの内観 撮影=編集部

 今後は展覧会を3週間程度、展示替え期間を挟みながらフレキシブルに回していく予定。すべてをキュレーション展に仕立てるのは難しいので、「常設展」や「プレ展示」などパープルームなりの簡潔な企画も展開するという。なお、かつてのパープルームギャラリーと同様に、出展作家からは出品料や売上のマージンなどは取らず、基本的には梅津と安藤の作品の売上でテナント代をまかないながら運営していく方針だ。

オープン準備中のパープルームの内観 撮影=編集部

 人口が増加し、購買力のある子育て世代や学生も多く集まる海老名。この街のショッピングセンターにギャラリーがあることの意味を、実践を通して問おうとするパープルーム。8月25日のオープンが、現在のアートを取り巻く状況にどのような効果をもたらすのか、注目が集まる。