2025.9.12

LVMH Métiers d’Artのアーティスト・イン・レジデンス。岡山のクロキで米澤柊が見つけた制作の新たな可能性

LVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)による「LVMH Métiers d’Art(LVMH メティエ ダール)」が、日本で初開催。、米澤柊がレジデンスアーティストとして、岡山の老舗デニムメーカー・クロキ株式会社で6ヶ月間の滞在制作を実施している。プログラムに際して行われた展示の様子をレポートする。

文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

展示風景より
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 ラグジュアリーブランドを傘下に収める、フランスのLVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)。同社の工芸部門である「LVMH Métiers d’Art(LVMH メティエ ダール)」が、新たな芸術の才能を発見・育成するとともに、伝統工芸への革新的なアプローチをすることを目的に実施しているアーティスト・イン・レジデンスプログラムが日本で初開催されている。初のアジア開催となる本プログラムでは、米澤柊がレジデンスアーティストとして、岡山の老舗デニムメーカー・クロキ株式会社で6ヶ月間の滞在制作を実施している。プログラムに際して行われた展示の様子をレポートする。

展示風景より、米澤柊《走ってく!》

 米澤柊は1999年東京生まれ。アーティスト、アニメーター。ビデオ、2D 作品、インスタレーションを含むマルチメディア作品は、アニメキャラクターの幽霊のような肉体を掘り下げ、アニメーションの微妙なテクスチャと残像を明らかにすることで、デジタル作品に生命感について思考している。おもな個展にうみの皮膚、いないの骨」(SNOW Contemporary、2024)、「ハッピーバース」(PARCO museum tokyo、2023)、「劇場版:オバケのB′」(NTTインターコミュニケーション・センター、2022)。おもなグループ展に「OPEN SITE7」(Tokyo arts and space本郷、2022)、「惑星ザムザ」(小高製本工業跡地、2022)、「ATAMI ART GRANT」(熱海市街地、2021)など。

制作中の米澤柊 提供=LVMH Métiers d’Art ©Azusa Yamaguchi

 米澤がレジデンスを行っているクロキは、1950年に岡山・井原市で創業し、現在も同地を拠点にデニムの製造と販売を行っている。染色、織布、整理加工までを自社で一貫して行っており、2023年にはLVMH メティエ ダール ジャパンとパートナーシップを締結した。LVMH メティエ ダール ジャパンは、なぜクロキを選んだのか。その理由をLVMH メティエ ダール ジャパンのディレクターである盛岡笑奈は次のように語った。

展示風景より

 「私たちLVMHのブランドビジネスは、そのクリエイションを支えてくれる職人や企業がいなければ成り立たちません。しかし、こうした服飾における伝統産業の危機は世界中で叫ばれています。私たちはこのものづくりを継承し発展させていきたい。そのために、日本においては自社で一貫してデニムの染色から加工までを手がけ、唯一無二の技術を持つクロキをパートナーとして選ばせてもらいました」。

クロキの工場外観

 また、日本における初のレジデンスにおいて、そのアーティストとして米澤を選んだ理由を盛岡は次のように語った。

 「米澤さんがテーマとしてきたアニメーションは、現在世界中の若い世代にとって影響力を持っているメディアです。これまで、ラグジュアリー産業のプロダクトや、マニュファクチャー、職人などに興味がなかった人とのつながりを喚起させられる可能性をもっていると感じました。また、米澤さんはそのお人柄からも感じられるように、柔軟性と吸収力があるアーティストです。クロキに滞在して、社員や職人のみなさんと良好なコミュニケーションを通して、相互的に良い影響を与えてくれると考えました。

展示風景より、《クロキちゃんの刺繍c》

 今回のレジデンスで米澤が制作した新作群「光の傷」は、9月9日にプレビュー、10日に地元市民に向けて公開された。これらの作品は10月に、パリで展覧会として発表される予定だ。今回のレジデンスで米澤は、デニム生地そのものを「宇宙」としてとらえ、生地に対する加工を「光の傷」として、様々なメディウムによって表現したという。まずはクロキの本社工場のなかで展開されている展覧会をレポートしたい。

制作中の米澤柊 提供=LVMH メティエ ダール

 天井から吊り下げられた大型の作品《デニムのオバケ》は、デニム生地を人型にカットしたうえで、顔や米澤が作品に取り入れてきたアニメの残像表現「オバケ」をレーザー彫刻している。垂れ下がった生地は床に溶けだすように演出されており、オバケが立ち現れる、あるいは溶けて流れ出ていったかのようにも感じられる。

展示風景より
展示風景より、《デニムのオバケa》(部分)

 壁面にもデニム地をキャンバスのように使用した平面作品が並ぶ。木型に張られたデニム地には、米澤が制作した1分間のアニメーションで使用された、8〜10枚のドローイングがレーザーによって重ねて彫刻されており、その瞬間にあったであろう動きと時間が定着されている。

展示風景より

 会場に並んだ作品からは、デニム生地の制作過程を丹念にリサーチし、要素を分解しながら素材や工程一つひとつと向き合った痕跡が感じられる。米澤は制作の工程について次のように語った。「無数にある生地のサンプルを実際に手で触りながら、着色するにはどのような画材が適しているのか、表現したい世界観のためにはどれくらいの厚さが適しているのかを考えました。また、削る、洗うといった加工の工程や、ケミカルウォッシュの濃度なども教えてもらい、デニムという素材の特性を体験しながら理解していきました」。

展示風景より

 また、展示されている室内では、音響作品《みんなの歌が届くといいな》が上演されている。これは展示空間の隣で絶え間なく響き続ける織機の音を、米澤がボーカロイドソフトを利用しながら再編集したものだ。デニムに携わる社員、そして機械の声が、生地を紡ぐように連続する演出が行われている。

 社員食堂で展開されている作品は、米澤とクロキならびにこの土地との対話を感じさせるものが多い。米澤は長期間におよぶレジデンスにおいて、クロキで働く社員とコミュニケーションをし、そのイメージの総体とでもいうべきキャラクター「クロキちゃん」をつくりあげた。会場では、このキャラクターをモチーフにした米澤のドローイングを原画として、コンピュターミシンでキャンバスに刺繍をした平面作品が展示されている。糸の重なりによって立体的に表現されたイメージの連なりが本作からは体感できる。

展示風景より

 キャラクターを介して展開される作品について、米澤は次のように語った。「最初はキャラクターをつくる予定はありませんでした。でも、クロキのことをもっと知るため、制作を通じてコミュニケーションをしたいと考えたとき、その手段としてキャラクターをデザインすることを思い立ちました。たんに似顔絵をつくるということではなく、実際に話したときに私が感じたその人の印象や精神性が立ち現れるように、自分の経験を土台につくりあげたキャラクターです」。

展示風景より、社員のイメージを記したドローイング
展示風景より

 展示が行われている食堂には、社員たちのバーベキューの写真や額縁に入った表彰状といった、会社の歴史が感じられるものが並ぶが、そこには写真とドローイングを組み合わせた米澤の作品も混じり合う。米澤が近隣で撮影された写真に「オバケ」のスクリーンショットを重ねたこの作品群は、この場所で紡がれた米澤の個人的な営みが照射されている。

展示風景より

 床に置かれた作品《魂を紡ぐ詩》は、ふたつのデニム生地を糸でつなぐように縫い合わせ、そこにふたりの人物の横顔と円環を感じさせる詩を添えた。機械に委ねた織りと刺繍が生み出した偶然性が、デニムに生の質感を与えていた。

展示風景より、《魂を紡ぐ詩》

 アーティストとコラボレーションをすることについて、クロキはどのように考えているのか。代表取締役の黒木立志は次のように語った。「米澤さんはデニムの制作工程や材質、使用されている機械までを真摯に細かいところまでリサーチし、理解してくれました。アーティストとのコラボレーションは、私たちにとっても慣れ親しんだデニムの可能性を拡げてくれるもの。加工のための機械を使いこなしながら、世界に向けたクリエイションをつくりあげる米澤さんの制作は、社員にとっても自分たちがつくっている製品の持つ多様な可能性を感じることができる貴重な機会になっています」。

制作中の米澤柊 提供=LVMH Métiers d’Art ©Azusa Yamaguchi
展示風景より

 今回のLVMH メティエ ダールは、アーティストとしての米澤にどのような経験をもたらしたのか。米澤は次のように語ってくれた。

 「映像やデジタルツールを用いた、どちらかというとフィジカルとの距離がある制作が多い私にとって、デニムという具体的な素材と長期間にわたって対峙するというのは大きな挑戦でした。それはほどよい負荷として、現実に存在するものを触ることについての解像度を上げてくれました。 それは大きな成長だと思っていますし、 触れて感じることをコントロールしながら作品に投影できたら、新たな挑戦ができるような気がしています」。

展示風景より、《魂を紡ぐ詩》