2025.9.30

総合開館30周年記念 日本の新進作家 vol.22「遠い窓へ」(東京都写真美術館)開幕レポート。個人の物語をすくい取る、5人のイメージの重なり

東京・恵比寿の東京都写真美術館で、総合開館30周年記念 日本の新進作家 vol.22「遠い窓へ」が開幕した。寺田健人、スクリプカリウ落合安奈、甫木元空、岡ともみ、呉夏枝の5人の作家を紹介している。会期は2026年1月7日まで。

文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

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 東京・恵比寿の東京都写真美術館で、総合開館30周年記念 日本の新進作家 vol.22「遠い窓へ」が開幕した。会期は2026年1月7日まで。担当は同館学芸員の大﨑千野。

展示風景より、寺田健人「想像上の妻と娘にケーキを買って帰る」シリーズ

 東京都写真美術館では、写真・映像表現に挑戦する新進作家を紹介するシリーズ展「日本の新進作家」展を2002年より継続的に開催してきた。22回目となる今回は、生活のなかで生まれる無数の物語に目を向けた寺田健人、スクリプカリウ落合安奈、甫木元空、岡ともみ、呉夏枝の5人の作家を紹介している。

展示風景より、岡ともみ「サカサゴト」シリーズ

 寺田健人は、娘や妻が不在の「家族写真」のシリーズ「想像上の妻と娘にケーキを買って帰る」を展示している。女児向けの玩具や運動靴とともに、あるいは自宅の食卓やトイレ、洗面所といった生活空間で撮られた「セルフポートレイトの家族写真」は、寺田自身がゲイであるというアイデンティティと向き合いながら制作された。子供向けの玩具には女児に憧れていた寺田の幼少期の思いが込められているという。

展示風景より、寺田健人「想像上の妻と娘にケーキを買って帰る」シリーズ

 「コロナ禍で『家族以外の面会』が制限されたことも、『家族』とは何かを問う本シリーズ制作の契機になった」と寺田は語る。よく見れば映り込んだ小物は買ってきたままの新品であり、また、撮影用のレリーズの紐が画面内に入り込んだりするなど、作品のイメージは虚構性が巧みに演出されている。家族とはなにか、制度とはなにかを、切実さとともに訴えかける。

展示風景より、寺田健人「想像上の妻と娘にケーキを買って帰る」シリーズ

 スクリプカリウ落合安奈は、5つのスライドプロジェクターが写真やテキストを次々に映し出す《ひかりのうつわ》を展示。落合はもうひとつの母国としてルーマニアを持つが、その隣のウクライナで戦争が始まったことを契機に、1年をかけルーマニアで撮影旅行を実施した。落合は季節のめぐりとともに土地の奥深くへと入り込み、やがてルーマニアの日常のなかの生と死を感じるようになったという。

展示風景より、スクリプカリウ落合安奈《ひかりのうつわ》

 落合は今回の旅が「自身にとって透明だった祖国に色を与えてくれた」と語る。血縁ではないが、まるで母や父のような多義的な存在が、本作の被写体になっている。それらは過ぎ去っていく情景として、映写機のスライドで次々に移り変わり、その記憶を留めるように詩が刺し挟まる。

展示風景より、スクリプカリウ落合安奈《ひかりのうつわ》

 映画監督、音楽家、小説家としても活躍する甫木元空は、2017年に母が余命宣告を受け、その母と祖父が暮らす高知に移住。母の残された時間、そして周囲の家族を撮ったシリーズ「〈窓外〉より」を制作した。

展示風景より、甫木元空「〈窓外〉より」シリーズ

 甫木元は宮本常一がハーフカメラで土地の民俗を記録したことを念頭に、家族の空間そのものをハーフカメラで記録。写真を2枚組にして、フィルムのあいだにある時間を物語的に組み込んだ「映画的」連作をつくりあげた。「母が亡くなっても、写真の向こうの景色は変わらず存在し、同じようにカメラを介してその景色とコミュニケーションできることを感じる」という甫木元。個人的な死の物語を、鑑賞者の周囲にある死の欠片と結びつけるシリーズとなっている。

展示風景より、甫木元空「〈窓外〉より」シリーズ

 岡ともみは、日本全国において様々に存在していた、死にまつわる風習をテーマにした「サカサゴト」シリーズを展開した。日本の古来からの葬送の風習「逆さごと」に着目した岡。よく知られているものでは、死装束は襟を右ではなく左前にする、故人の枕元の屏風を上下を逆にする、といった風習があるが、岡はこのような「逆さごと」を現実をひっくり返すことで、異界とのつながりをつくる営みと読み解いた。

展示風景より、岡ともみ「サカサゴト」シリーズ

 暗い展示室の柱や壁には、12の古い柱時計がかかっているが柱時計の針は「逆さ」に回転しており、振り子のあった部分には「逆さごと」の風習を解釈した映像が埋め込まれている。「死者が出た家の火を煮炊きに使わない」「使者の枕元に魂の拠り所として花を1本置く」といった12の風習が、時計のなかに刻まれた。現代における葬送のあり方の画一性に疑問を感じたという岡は、古来あったはずの多様な死への価値観を、いまいちど本作を通して提示している。

展示風景より、岡ともみ「サカサゴト」シリーズ

 呉夏枝は、帝国主義時代以前の太平洋の自由さ、以後の境界や支配の成立をテーマに作品を制作。《Seabird Habitatscape #2-Banaba,Nauru,Viti Levu》は、自由な海鳥の視点をアーカイヴ写真をもとに想像する「Seabird Habitatscape」シリーズのひとつだ。

展示風景より、呉夏枝《Seabird Habitatscape #2-Banaba,Nauru,Viti Levu》

 本作は、オーストラリアの機関が所有する、ナウル、キリバス、フィジーなどの南洋諸島で撮影された写真を布に織り込んだ作品。そこには、欧米、日本、オーストラリアが資源や領土のためにこれらの島々を占領した記憶が刻まれている。アーカイヴがたんなる記録ではなく、多重に織り込まれた歴史の断片であることを意識させる作品であると同時に、鑑賞者の持つ世代を超えた責任をも問いかけるものにもなっている。

展示風景より、呉夏枝《Seabird Habitatscape #2-Banaba,Nauru,Viti Levu》

 写真や映像は、個人の歴史の重なりと、そこに宿る小さな物語をいかにすくい上げられるのか、5人の作家の深い思考を感じられる展覧会だ。イメージが氾濫するいまだからこそ、「そこに何が写っているのか」ということについて、真摯に向き合う大切さを教えてくれる。