2025.12.21

「舟」の中で海原を見る。《洸庭》がもたらす没入型アート体験

広島県福山市の山間部に位置する「神勝寺 禅と庭のミュージアム」にあるアートパビリオン《洸庭》。彫刻家・名和晃平率いるクリエイティブ・プラットフォーム・Sandwichの設計による舟型の建物で瞑想的な体験ができるインスタレーションの様子をレポートする。

文・撮影=大橋ひな子(ウェブ版「美術手帖」編集部)

《洸庭》の外観 Photo: Nobutada OMOTE | SANDWICH
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 広島県福山市の山間部に位置する「神勝寺 禅と庭のミュージアム」。開基神原秀夫が禅師を開山に招請して建立された、臨済宗建仁寺派の特例地寺院である「天心山神勝寺(しんしょうじ)」を中心に広がる境内には、「禅とはなにか」を感じるための様々な空間や体験が展開されている。

 そんな境内のなかで一際存在感を放っているのが、《洸庭》だ。彫刻家・名和晃平と、名和が率いるSandwichの設計によるアートパビリオンである。神勝寺は、常石造船2代目社長だった神原秀夫により、「海難事故に遭われた方の供養のためにお寺を建てたい」という想いで開かれた。そんな背景を踏まえた名和は、作品のモチーフに「舟」を選んだ。

《洸庭》の外観 Photo: Nobutada OMOTE | SANDWICH

 舟型の建物は石のランドスケープの上に浮かぶ。近くの採石場の崖をダイナマイトで破壊し、崩れた錆石が地面に敷き詰められたその様子は、まるで石による海のようだ。そこから湾曲した黒い棒のようなものが生えている。これは、庭の植栽を担当したプラントハンターの西畠清順が提案した「ソテツワラビ」だ。海を模した石のランドスケープに群体となって生えるその様子は、石の海に波の強弱を感じさせる。

石のランドスケープとソテツワラビ Photo: Nobutada OMOTE | SANDWICH

 舟型の建物の屋根と軒天井には、日本に古来から伝わるこけら葺きの手法が応用されており、全表面は約59万枚のサワラの板材で覆われている。素材のポテンシャルを引き出すために、材の種類や建築的な機能を減らしたワンマテリアル・ワンテクスチャーでつくられており、時間の経過にあわせ経年変化が見られる。しかしその変化によって周囲の自然と調和し、禅の精神がより感じられるようなつくりとなっている。

《洸庭》の外観(一部) Photo: Nobutada OMOTE | SANDWICH

 また本作までは、神勝寺の入り口側から橋を渡ってたどり着くことができるが、この橋を渡る途中から作品の鑑賞体験ははじまっている。橋の先に広がる日本庭園の風景が、《洸庭》の軒下と柱によってパノラマ写真のようにフレーミングされる様子も見逃さないようにしてほしい。

《洸庭》に続く橋の様子 Photo: Nobutada OMOTE | SANDWICH

 外観だけでも圧巻ではあるが、パビリオンのなかで体験できるインスタレーションも必見だ。中に入れる時間は決まっており、各回25分間の体験となっている。ゆるやかなスロープをあがると、背の低い入り口がある。少しかがみながら舟の中へ入る行為は、これからはじまる体験の内的な広がりを直感的に想起させる。

《洸庭》の外観(一部)。内部に続く入り口の様子 Photo: Nobutada OMOTE | SANDWICH

 空間に入った途端、目の前には暗がりが広がる。複数名が同時に入れる空間だが、参加人数が少ない回であれば、暗さや静けさをより感じることになるだろう。やがて視界には暗がりのなかに海を感じさせる水平線のような光が映る。じつはこの舟型の建物のなかには水が張られており、舟のなかに「海」が広がる入れ子構造となっている。

《洸庭》内部のインスタレーションの様子 Photo: Nobutada OMOTE | SANDWICH

 波打つ水面に反射する光と対峙する25分間に、人は何を感じ、考えるのだろうか。人それぞれ受け取り方は異なるはずだが、その時間、体験こそが禅的なものだと言えるだろう。本インスタレーションは、ビジュアルデザインスタジオ・WOWとのコラボレーションによるものである。

 神勝寺という「禅とはなにか」を感じるための場所のなかで、改めて自己の内面と向き合う機会をつくってみてはいかがだろうか。