2026.1.23

「コレクション展 第3期」小企画「美術編集者・上甲ミドリさんの仕事」(富山県美術館)会場レポート。アーティストとともに歩んだ編集者の足跡

富山県美術館の収蔵品を紹介する「コレクション展 第3期」において、美術編集者・上甲ミドリ(1925~2025)から同館に寄贈された作品や資料を展示し、その仕事を振り返る小企画「美術編集者・上甲ミドリさんの仕事」が展示室2で行われている。会場の様子をレポートする。

文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

展示風景より、上甲ミドリに届いた美術関係者からの年賀状
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 富山市の富山県美術館で開催中の、館蔵品を紹介する「コレクション展 第3期」。本展内の小企画として、美術編集者・上甲ミドリ(1925~2025)から同館に寄贈された作品や資料を展示し、その仕事を振り返る「美術編集者・上甲ミドリさんの仕事」が開催されている。会期は1月25日まで。担当は同館学芸員の遠藤亮平。会場の様子をレポートする。

展示風景より、「美術編集者・上甲ミドリさんの仕事」が行われている展示室2

 上甲は1925年東京都生まれ。父の上甲保一郎は上甲平谷の名で俳句の創作や俳諧研究をした人物だった。上甲は女子美術大学絵画科洋画部を卒業後、1950年に美術出版社に入社。63年頃まで雑誌『美術手帖」の編集に携わったのち、書籍編集に従事した。土門拳(1909~1990)の『古寺巡礼』(1963-75)や石元泰博(1921〜2012)『シカゴ、シカゴ』(1969)といった重要な写真集のほか、『岡鹿之助作品集』(1974)『駒井哲郎版画作品集』(1979)などの画集・レゾネの編集を行った。数多くの芸術家、批評家と親交を結び、その仕事は編集作業に留まるものではなく、幅広い人的交流のなかで、様々な芸術家を公私にわたりサポート。また美術研究者への協力も惜しまなかったという。

展示風景より、上甲ミドリの写真と解説パネル

 上甲は富山県出身の詩人・批評家の瀧口修造(1903~1979)を敬愛し、瀧口が世を去るまで長く交流をしていた。この縁があり、郷土出身者として瀧口のコレクションを多く有する富山県美術館は、上甲から整理・研究の途上にある膨大な資料を託された。本展はそのなかから美術作品、書簡、書籍、編集用ファイル、美術出版社関連資料など代表的なものを紹介し、上甲の仕事の足跡をたどるものだ。

展示風景より、上甲ミドリが所蔵していた瀧口修造の関連資料

 上甲は書籍編集を始めてからまもなく、『古寺巡礼』『シカゴ、シカゴ』を手がけることになる。土門拳のライフワークだった『古寺巡礼』では、第2集以降の編集を上甲が引き継ぎ、以降、土門の担当としてその活動を支えた。会場では寺院に土門と同行する上甲の写真が、写真集や編集ファイルともに展示されている。

展示風景より、土門拳『古寺巡礼』(1963-75)と編集ファイル、土門と同行する上甲の写真

 石元は、雑誌『美術手帖』編集時代の上甲がいち早く目をつけた写真家だ。シカゴに3年間滞在して撮影した作品を写真集にする企画を石元が上甲のもとに持ち込み、最終的に『シカゴ・シカゴ』の刊行が実現。その後の交流は生涯にわたり続いたという。

展示風景より、石元泰博『シカゴ・シカゴ』(1969)と関連資料

 ほかにも上甲は、岡鹿之助(1898〜1978)や駒井哲郎(1920〜1976)らの作品集の編集に携わり、作家やその家族と公私に関わらず交流。やり取りした手紙などからはその親しい関係性がよくわかる。上甲は瀧口の妻・綾子氏からの信頼も厚く、瀧口の死後、綾子氏の墓石選びに同行するほどだったという。

展示風景より、中央左から『駒井哲郎版画作品集』(1979)と『駒井哲郎 銅版画作品集』(1973)。後ろは上甲が所蔵していた駒井の版画作品

 また、本企画で注目したいのは、上甲の女性作家とのネットワークの厚さだろう。例えば実験工房の一員として活動した榎本和子(1930〜2019)と福島秀子(1927~1997)は親友であったことが知られているが、ここに上甲が加わり、ときには3人で旅行をするほどの間柄だったという。榎本は晩年の福島の闘病生活を献身的に支えたが、それにより自身も疲弊してしまう。上甲は福島の死後、榎本の今後の生活について憂慮し、支えるための手立てを考え続けた。榎本はアルブレヒト・デューラー(1471〜1528)の版画《メランコリア Ⅰ》に登場する多面体を研究し、多面体をモチーフとした独特のコンセプトを持つ作品を制作した。会場には、生前、榎本から上甲に贈られたという示唆に富んだ多面体が展示されており、3人のシスターフッドを伝えている。

展示風景より、奥のクリスタルガラスの作品が榎本和子《黄金比の八面体》(1998、一部欠損)

 上甲は紬織の価値を芸術の域まで高めた、日本を代表する染織家のひとりである志村ふくみ(1924〜)とも親しく、二人で旅行する仲だった。志村は上甲の編集した作品集の装丁も手がけており、『岡鹿之助作品集』(1974)や『岡鹿之助画集』(1978)には、志村による美しい特製の布による装丁があしらわれている。岡と志村、双方との深い関係を築くことによって実現した、上甲らしい仕事のひとつといえるだろう。

展示風景より、左上から『岡鹿之助作品集』(1974)と『岡鹿之助画集』(1978)

 ほかにも佐野ぬい(1932〜2023)や嶋田しづ(1923〜2021)といった、上甲が所蔵していた女性作家の作品も展示されている。両者ともに上甲と同じ女子美術大学(嶋田は女子美術専門学校時代に卒業)の卒業生であり、こうした学校を通じた女性作家とのネットワークも強かったことがわかる。

展示風景より、左から佐野ぬい《ブルーノート・トゥデイ》(1997-2006)、嶋田しづ《エキゾチックな出会い》(2008)

 上甲が保管していた年賀状の数々からも人脈の広さが伝わってくる。池田満寿夫(1934〜1977)、白髪一雄(1924〜2008)、岡上淑子(1928〜)、朝倉摂(1922〜2014)、草間彌生(1929〜)、多田美波(1924〜2014)、辻惟雄(1932〜)といった名だたる美術関係者たちが創意工夫を凝らして描いた年賀状の数々は、上甲の編集者としての仕事の幅広さを教えてくれる。

展示風景より、上甲ミドリに届いた美術関係者からの年賀状

 ほかにも会場では千葉勝(1926〜1987)、小林ドンゲ(1926〜2022)、浜口陽三(1909〜2000)、菅井汲(1919〜1996)、中川幸夫(1918〜2012)らの作品や資料を見ることができ、戦後美術の足跡の一端を知ることができる展示となっている。

展示風景より、菅井汲『菅井汲・作品集1952-1975』(1976)と菅井が上甲に宛てた直筆のデザイン指示書

 戦後の美術業界において、公私を隔てず作家と伴奏し、歴史的に重要な仕事を残した上甲の足跡をたどることができる本展。美術を仕事にするとはどのようなことなのか、ひいては人と仕事をするとはどのようなことなのか。彼女が残した作品と資料から、改めて考えさせられる展覧会といえるだろう。