2026.8.15

ソー・ソウエン「Air Condition」(熊本市現代美術館)会場レポート。キーウで重ねた呼吸を通して示す「世界の分断への抵抗」

熊本市現代美術館で、ソー・ソウエンの個展「Air Condition」が開催されている。会期は8月23日まで。会場の様子をレポートする。

文・撮影=大橋ひな子(編集部)

ソー・ソウエン《Air Condition》(2026)ビデオ・インスタレーション、カラー、サウンド、モニター
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 熊本市現代美術館で、ソー・ソウエンの新作を発表する個展「Air Condition」が開催されている。7月28日に発生した熊本地震の影響により一時休館を余儀なくされた同館だが、大きな損傷を免れたことで8月5日より開館を再開した。会期は8月23日まで。担当は同館学芸員の里村真理。

 ソー・ソウエンは1995年福岡県北九州市生まれ。2019年京都精華大学芸術学部造形学科洋画コースを卒業。「呼吸」「お臍」「卵」など生と密接な事象から人間の性質に迫る作品を多く手がけ、絵画作品を主軸としながら、ワークショップやインスタレーション、パフォーマンスなどを国内外で発表している。

 本展は、ソウエンがウクライナの首都キーウに渡航し、アーティストのマリア・クリコフスカ(1988〜)が主宰する「Garage33 Gallery-Shelter」に集う人々と制作した「呼吸」を主題とする新作を中心に構成されたもの。会場では映像作品3点と、本展へとつながっていくことになった2024年制作の映像作品1点が紹介されている。

 これまで一貫して「生」にまつわる作品を手がけてきたソウエンは、生命活動としての「呼吸」を「世界を物理的に変容させていく行為」と位置づける。吸い込み/吐き出すという行為によって身体に外界を通過させ、空気を微かに震わせて個と個の境界を撹拌すること。ソウエンはそうした日常的な生命活動を、「世界の分断へ抵抗する」ための行為として解釈する。

ソー・ソウエン《Air Condition》(2026)ビデオ・インスタレーション、カラー、サウンド、モニター

 そうした思考のもと制作されたのが、展覧会名と同名の《Air Condition》(2026)だ。会場奥のスペースでは、暗闇のなかに様々な人々のお臍の映像が浮かび上がる。本作はGarage33の呼びかけに応じたキーウの人々40名の参加によって実現した。オープンコールからわずか2日間で10代から60代までの幅広い層が集まり、スタジオで1人5分間ずつ呼吸の撮影と録音が行われた。ソウエンは、現地で出会った人々と時間を共有し、ときに相手の呼吸に自身の息を合わせながら撮影を進めたという。会場内に設置された20台のモニターからそれぞれの息遣いが響き、鑑賞者はその間を縫うように歩くことで、自身の呼吸へと自然に意識を向けさせられる。

言葉の往復を介して生まれた作品

 また、キーウ滞在中に初めて対面した「N(仮名)」との対話から制作されたのが、《N: 20.04.26-04.05.26》(2026)だ。2人は渡航前から《Air Condition》の準備を通じてやり取りを重ねていたが、キーウ市内の、「バビ・ヤール」(*1)や「Garage33」などが所在するNの暮らす地域で初めて会った際、ソウエンが「どれだけ凍てついた状況下でも、ここにある身体は確かに熱を有して生きているという事実に触れ、Nと作品をつくりたい」と強く望んだことがきっかけとなった。

ソー・ソウエン《N: 20.04.26-04.05.26》(2026)シングルチャンネル・ビデオ、ガラス瓶、キーウの空気、日記、カーテン 18分56秒

 ウクライナ南東部出身のNは、同地がロシアの占領下となったことで故郷を離れ、キーウへと移住した経緯を持つ。まだ言葉にできない体験が多々あることも受け止めながら、対話とテキストによって編み上げた本作は、ソウエンとNによる複数回の往復書簡のようなプロセスのなかでかたちづくられた。作品の最後に添えられたソウエンからNへの言葉には、Nの職場が空撃にあった事実や、戦争という事態を前にした作家自身の迷いや葛藤、模索が率直につづられている。

ソウエンがキーウ滞在中に書き留めていた日記

 会場には、ソウエンがキーウ滞在中に書き留めていた日記も展示されている。閲覧可能なノートには、「とうとう来てしまった。何度も覚悟を決めてきたはずなのに」といった渡航当時の率直な思考や感情が記録されている。過酷な事態に直面しながらも、自身にできる表現に向き合おうと葛藤するソウエンの姿勢をうかがい知ることができる。

ソー・ソウエン《Let Us Say: It’s Not Forgotten 2026》(2026)シングルチャンネル・ビデオ 3分34秒

 あわせて展示されている《Let Us Say: It’s Not Forgotten 2026》(2026)は、1日に1回、14時59分から約3分半のみ上映される映像作品だ。本作はクリコフスカとのコラボレーションにより制作された。キーウの森のなかに置かれたクリコフスカの身体を象った彫刻との間に、生命の象徴である「卵」を挟み、戦禍の犠牲となった命を悼むパフォーマンスを展開する。ロシアによる全面侵攻後、SNSを通じてクリコフスカの活動を知ったソウエンは、クリコフスカと連絡を取り合いながら対話を重ねてきた。上映開始時刻の15時(日本標準時)は、ウクライナにおける午前9時にあたり、現地で毎日実施されている1分間の黙祷の時刻に重ねられている。

 戦禍の地に身を置き、目の前の「個」の生に向き合ったソウエンの創作の軌跡は、離れた土地で起きている戦争を他人事のニュースとしてではなく、鑑賞者自身と地続きの出来事として引き寄せる。誰もが等しく行う「呼吸」という行為を通じて、空気を循環させ、静かに、しかし確かに、「世界の分断への抵抗」を示すことを試みている。

*1──キーウにある渓谷「バビ・ヤール」は、第二次世界大戦中、ナチス・ドイツによる大量虐殺の現場となった地。