2025.5.7

バーバラ・クルーガー、ウクライナの列車を舞台に詩のインスタレーションを展開

ロシアによる軍事侵攻が続くウクライナで、世界的なアーティストのバーバラ・クルーガーがウクライナ鉄道と連携し、新たなインスタレーションを発表。列車を詩の媒体とし、言葉の力で移動と連帯を可視化する試みだ。

バーバラ・クルーガー Untitled (Another Again) 2025 
Courtesy of the artist, RIBBON International, Ukrainian Railways, and Sprüth Magers. Photo by Vitalii Halanzha
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 2022年からロシアによる軍事侵攻が続くウクライナにおいて、停戦の合意が見えないなか、市民の移動や命の避難路、兵士の輸送、支援物資の供給など、列車はいまやたんなる交通手段ではなく、まさに「生命線」となっている。そうした現実の只中に、世界的なアーティスト、バーバラ・クルーガーが新たなプロジェクトを発表した。

 5月1日〜7月14日の期間、クルーガーの代表的なタイポグラフィ作品が、ウクライナ鉄道のインターシティ列車に展開されている。このプロジェクトは、RIBBON Internationalとウクライナ鉄道の協力によって実現したもので、アーティストが公共空間を詩的かつ政治的に再構成する試みとして、国際的にも注目を集めている。

バーバラ・クルーガー Untitled (Another Again) 2025
Courtesy of the artist, RIBBON International, Ukrainian Railways, and Sprüth Magers. Photo by Vitalii Halanzha

 今回の新作《Untitled (Another Again)》は、クルーガーが書き下ろした詩のフレーズが列車の外装にウクライナ語で刻まれ、都市から都市へと移動しながら人々の目に触れることとなる。その英訳は次の通り。

ANOTHER DAY
ANOTHER NIGHT
ANOTHER DARKNESS
ANOTHER LIGHT
ANOTHER KISS
ANOTHER FIGHT
ANOTHER LOSS
ANOTHER WIN
ANOTHER WISH
ANOTHER SIN
ANOTHER SMILE
ANOTHER TEAR
ANOTHER HOPE
ANOTHER FEAR
ANOTHER LOVE
ANOTHER YEAR
ANOTHER STRIFE
ANOTHER LIFE

 この試みにおいて、クルーガーは1920年代のウクライナの前衛芸術家ヴァシル・イェルミロフによる「アジトトレイン(agit-trains)」、すなわち移動式プロパガンダ列車へのオマージュを込めている。かつて戦時下を走った列車が革命のスローガンを掲げていたように、現代の列車もまた詩的かつ社会的なメッセージを運ぶ“メディア”となっている。

バーバラ・クルーガー Untitled (Another Again) 2025
Courtesy of the artist, RIBBON International, Ukrainian Railways, and Sprüth Magers. Photo by Vitalii Halanzha

 クルーガーは、政治、消費社会、イデオロギーへの鋭い批評を、視覚的に力強い言語で発信し続けてきた。赤や黒の背景に白抜き文字で語られる彼女の作品は、広告、建築、インフラといった公共空間を舞台に、見る者の無意識に切り込んでいく。今回の列車作品では、列車が走るたびに言葉の意味が新たな文脈を帯び、乗客一人ひとりの体験や記憶と交錯しながら広がっていくだろう。

 ウクライナ鉄道のCEO、オレクサンドル・ペルツォフスキーは次のように語っている。「この全面戦争のなか、私たちはもはやたんなる公共交通機関ではありません。世界的アーティストとの協働により、創造的な方法でウクライナのレジリエンス(回復力)を世界へ伝えていきたいのです」。

バーバラ・クルーガー Untitled (Another Again) 2025
Courtesy of the artist, RIBBON International, Ukrainian Railways, and Sprüth Magers. Photo by Vitalii Halanzha