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2025.7.15

ルイ・ヴィトン「ビジョナリー・ジャーニー」展(大阪中之島美術館)開幕レポート。LV史上最大の展覧会で示す日本との深い関係

ルイ・ヴィトンが、日本において過去最大規模となる展覧会「ビジョナリー・ジャーニー」展をスタートさせた。本展の意義と見どころをお届けする。

文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

展示風景より
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 ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)が麹町に特設会場を設け、大規模展覧会「Volez, Voguez, Voyagez – Louis Vuitton(空へ、海へ、彼方へ──旅するルイ・ヴィトン)」展を開催したのが2016年。以降、日本では「LOUIS VUITTON &」(2021)、「SEE LV」(2022)といった展覧会を開催してきた。

 大阪中之島美術館で開幕した「ビジョナリー・ジャーニー」展は、これまでのルイ・ヴィトン展を遥かに超える大規模なものだ。

 バンコクと上海での開催に続く本展は、日本という文化的背景を通して再解釈されたルイ・ヴィトンの歴史と創造性を紹介するもの。会場デザインは、建築家でOMAパートナーの重松象平、キュレーションは美術史家・キュレーターのフロランス・ミュラー。28万人以上を動員した「クリスチャン・ディオール、 夢のクチュリエ」(東京都現代美術館、2022-23)を手がけた2人が再びタッグを組んだ。

美術館のアトリウムにはランタンが設置

 メゾンが長年にわたり所蔵してきたアーカイヴから厳選された歴史的アイテムや資料、貴重なオブジェなど、総数1000点を超える展示品が11のセクションに並ぶ本展。その多くが初公開であり、うち200点が日本に関連するものだ。

 大阪中之島美術館の菅原館長は、「開館以来、25以上の展覧会を開催してきたが、ルイ・ヴィトンと協働することで、『ものを見せるとはどういうことか』を再認識した。展覧会見る側も提供する側も、先入観を取り払い、新たな体験をしていただけるいい機会となった」と自信を覗かせた。

 大阪中之島美術館を象徴する吹き抜けのアトリウムでは、ルイ・ヴィトンを象徴するトランクを連ねたような巨大ランタンが、序章のように来場者を迎える。また会場エントランスもトランクで構成。ドーム型の巨大インスタレーションは、極めてシンボリックで、来場者をルイ ヴィトンの世界へと誘う。こうしたアトリウムとエントランスの演出は、トランクがメゾンの礎であると同時に、旅と変革の物語への入り口であることを強く示唆している。

ランタンにはモノグラムが見える
エントランス

 創業者ルイ ・ ヴィトンがアニエールにアトリエを設立したのが1859年。アニエールはサン ・ラザール駅まで直通の鉄道があり、セーヌ川にも面したパリ郊外の街。水運でトランクづくりに必要な木材を船で容易に運ぶことができるこの場所は、ルイにとって理想のロケーションだった。アニエールのアトリエは時代とともに進化し、今日もルイ ・ ヴィトンに欠かせない職人技の拠点であり続けている。「アニエール」セクションは、アニエールのファミリーハウスを体感できるスペースだ。

展示風景より
展示風景より、バッグ「メゾン・ドゥ・ファミーユ」

 続く「原点」は、その名の通りメゾンの原点を紹介するもの。中心となるのはトランクやラゲージだ。ルイは、旅の移動手段や近代的なライフスタイルの変化を反映し、つねに革新的なアイテムを生み出してきた。蓋が平らなトランクや、こじ開けられない錠前、「スティーマー バッグ」「キーポル」、ソフトタイプの旅行鞄などは、旅の概念すら変えていった。ここでは、最初の日本人顧客のひとりであった駐フランス特命全権公使・鮫島尚信(1845〜80)の肖像画など、ルイ・ヴィトンを語るうえで重要なエピソードなどがわかるアーカイブが、曲線を描く壁一面に広がる。

展示風景より
展示風景より、中央右側が鮫島尚信の肖像画(1881、東京駒場博物館蔵)
展示風景より

 1896年に、ブランドのアイデンティティを象徴する不朽のシンボルとなっているモノグラム ・ キャンバスを発表したルイ・ヴィトン。「冒険」セクションは、交通手段の発展にともない開発されたルイ・ヴィトンのトランクの変遷をたどるものだ。例えば1870 年代にはすでに、それが一般化するよりも遥かに早い時期から、キャスター付きトランクを製造。またライフスタイルの変化に応じてオーディオ ・ トランクやテープ用ケース、特別にデザインされたDJ バッグなども生み出されてきた。気球をイメージした大胆なデザインの展示空間で冒険の共となってきたアイテムを眺めたい。

展示風景より

 また本章では、ルイ ヴィトンが編集する出版物である 「シティ ・ガイド」やフォトブック「ファッション アイ」「トラベルブック」に収められているオリジナルイラストの一部も見ることができる。

展示風景より

 続く「ルイ・ヴィトンと日本」は、畳と障子を思わせる床と天井が特徴的な、日本展のためにつくられたオリジナルのセクションだ。

展示風景より

 1867年のパリ万博によって、日本文化との出会いを果たしたフランス。ルイ・ヴィトンも例外ではなく、日本美術、なかでもに版画や貴重なオブジェの熱心な蒐集家となり、そこからインスピレーションを得て自らのデザインに活かしていった。1921年には、北斎の《富嶽三十六景 凱風快晴》のイメージでシャンゼリゼ通りの店舗に壮大なショーウィンドウを設置。その3 年後には自身の800点近い刀の鍔のコレクションから着想を得て、洗面用具セットの装飾をデザインした。

展示風景より

 創設者からすでに日本と深い関係があったルイ・ヴィトン。このセクションでは、顧客カードや市川團十郎のために特別に製作した鏡台ケースや着物ケース、雛人形用トランク、鎧と兜のトランク、お茶用トランク、着物などが展示。また日本との関係をより特別なものにしてきた、村上隆や藤原ヒロシ、川久保玲、NIGOといったアーティストやクリエイターたちとの協業も見逃せない。

展示風景より、モノグラム・キャンバスの歌舞伎鏡台トランク(2004)と勝川春章《四代目市川段蔵、女型三代目瀬川菊之丞》(1782-83、ギメ東洋美術館蔵)
展示風景より
展示風景より

 ルイ・ヴィトンの手仕事を語る上で欠かせないのが「素材」だ。ここでは、木、金属、革、キャンバスといった、トランクの構造や耐久性において欠かせない役割を担う4つの主要な素材にフォーカスしている。

展示風景より

 当初使用されていたポプラ材やブナ材は、やがて黒檀やマホガニー、メープル、チェリーといった銘木へと選択肢を広げていった。銅と鉄でつくられていたトランクの金属部品も、時代とともにアルミニウム、チタン、銅、亜鉛、そしてアルノックスやパラジウムといった上質な合金へと変化を見せている。キャンバスも、グリ ・ トリアノンからストライプ柄のトワル ・ レイエ、ダミエ ・ キャンバスへと変遷し、1896年にはモノグラム ・ キャンバスが誕生。自動車での移動が盛んになると、近代の過酷な旅に耐えられるようヴィトニット ・ キャンバスも開発されるなど、時代とともに絶えずアップデートされてきた。アクリルキューブが積み重なった空間は、そうした変遷を博物館のように提示している。

展示風景より

 会場中央に位置するのは、「モノグラム・キャンバスの歴史」と「モノグラム・キャンバス」セクションだ。言わずと知れたルイ・ヴィトンのアイデンティティであるモノグラムはジョルジュ ヴィトンがデザインを手がけており、LVイニシャル、ひし形の中の四弁花、それを反転させたもの、そして円の中の四弁花といった4つの異なるモチーフで構成されている。

「モノグラム・キャンバス」セクション

 そのデザイン起源は神秘に包まれているものの、アニエールに構えるヴィトン家の邸宅のキッチンにあしらわれたジアン社製の釉薬タイルやオフセット模様や四つ葉飾りが特徴的な15世紀の櫃といった中世の装飾品など、ガストン- ルイ ・ ヴィトンが蒐集したアイテムのなかに、そのインスピレーションとしての可能性をうかがわせるものもある。また、ジャポニスムの影響も指摘されている。例えば1889年にギメ東洋美術館に展示された11代将軍・徳川家斉のものとされる旅行用トランクを見てほしい。日本の武家の紋章である家紋で飾られたこのトランクは、ルイ・ヴィトンの製品と見間違えるほど、視覚的に類似している。

展示風景より、徳川家斉のものとされる旅行用トランク

 また本セクションでは、公的なデザイン登録を所蔵する機関であるパリ市立公文書館の移転作業と、それに伴う精緻な目録作成によって2021年に見つかったアイコニックなキャンバスのオリジナルサンプルが見つかったモノグラム ・ キャンバスの商標登録サンプルが初公開。いまなお世界を席巻するモノグラムの世界を、ダイナミックな動くインスタレーションを通してより深く知ることが可能だ。

展示風景より、モノグラム ・ キャンバスの商標登録サンプル(1897)

 「アトリエ」セクションでは、実際に職人がデモンストレーションを行い、ルイ・ヴィトンのサヴォアフェール(匠の技)を伝える。このセクションでは、メゾンで欠かすことができないスペシャルオーダーについても触れられている。日本のダンスヴォーカルグループ「Number_i(ナンバーアイ)」のメンバーである平野紫耀は、2025年にメゾンのアンバサダーに就任。彼のために「ツールボックス ・ トランク」が製作された。また、大阪出身のアーティスト・VERDYがデザインを施したトランクもここで見ることができる。

展示風景より、職人が実際に作業する様子を見ることができる
展示風景より
展示風景より、平野紫耀のためのスペシャルオーダー「ツールボックス・トランク」(2025)
VERDYがカスタムした「クーリエ・トランク」(2025)

 上質な製品を生み出すために重要となる耐久テスト。「耐久性試験」セクションは、めったに見ることができないその裏側を明らかにするものだ。

 各製品をアトリエから出荷する前には、気候や温度、湿度の変動に対する強度と耐性の保障を目的とした厳しい耐久性試験が実施される。耐久性、柔軟性、摩擦、通気性、耐蒸気性、色落ちなど、細部にいたるまで抜かりなく確認が行われる。試験室でバッグを使って入念に行われているのは、引張強度と曲げ強度の検査機器を用いた試験。数ある精密な測定機器のなかでも、この2つの測定器が検査工程を象徴する存在であり、メゾンの厳格な基準を満たすために必要不可欠なこれらには親しみを込めて「ルイーズ」と「ルイゼット」という愛称が付けられている。会場では、実際に作業するルイーズとルイゼットの様子が楽しい。

展示風景より

 「レア & エクセプショナル」を短縮した造語、「ラレックス」。「アトリエ『ラレックス』」では、ケイト ブランシェット、ブラッドリー クーパー、エマ ストーン、浅野忠信、フローレンス ・ピューといった時代を彩る映画スターのためにデザインされたアイテムが並ぶ。

展示風景より
展示風景より

 またミシェル ウィリアムズ、ジェニファー コネリー、福島リラなどのセレブリティがメットガラで着用したアイテムのほか、アリシア ・ヴィキャンデル、アナ アルマス、ソフィー ターナーなど、メゾンのアンバサダーのために特別に製作されたもの、広瀬すずが『遠い山なみの光』で2025年カンヌ映画祭のために着用したドレスも展示。イノベーティブな要素とクチュールのサヴォアフェール(匠の技)が絶妙に融合したスタイルに目を凝らしてほしい。

展示風景より、広瀬すずが着王したドレス

 いまや多くのブランドが行うアーティストとのコラボレーション。その歴史の切り開いたのもルイ・ヴィトンだ。アーティスト・コラボレーションの扉を開いたのは、マーク・ジェイコブス。彼は2001 春夏コレクションでスティーブン スプラウスと手を組み、モノグラムに大胆なグラフィティを施したアイテムを生み出した。

展示風景より
展示風景より

 また03年には村上隆とコラボレーションし、モノグラム マルチカラー、アイラブ モノグラム、モノグラム チェリーブロッサムといった新たな再解釈を次々と発表。アート界とファッション界の両方に衝撃をもたらした。

 さらに12年には、草間彌生がバッグやアクセサリー、プレタポルテ、シューズに加え、ショーウィンドウにも自身のアーティスティックなシグネチャーを融合。23年には2度目のコラボレーションを果たしたことは記憶に新しい。

展示風景より
展示風景より

 いっぽう、キム・ジョーンズは17年にシュプリームとコラボ。ラグジュアリーとストリートウェアという前代未聞の出逢いを実現させた。こうしたコラボレーションの結実が、天井まで鏡で覆われた無限に広がる空間に凝縮している。

展示風景より

 ルイ・ヴィトンにとって記念碑的な展覧会となった本展。ルイ・ヴィトンCEO代理のダミアン・ベルトランはこう語る。「このような美術館で展覧会をするのは初めての機会。新しい経験、ジャーニーを体現するものとなった。この展覧会は特別なものであり、回顧展ではなく、伝統と創造的な未来、日本との親しい関係が交差する対話の場となった」。

 伝統におもねることなく、つねに革新を続けてきたルイ・ヴィトン。その歴史は、人々の移動の歴史、社会の変化の歴史を反映してきたものだと言える。本展からは、ルイ・ヴィトンのファッションブランドとしての強さだけではなく、それを築き上げてきた人物、技術、文化との多角的な結びつきが見えてくる。そしてその先にあるのは、さらに未来へと続くルイ・ヴィトンの“旅路”だ。

展示の最後にあるギフトショップ