私たちを進化させる過去に内在する未来。畠中実評 足立智美「古い未来の楽器と新しい昔の楽器(と文字)((人工知能による))」
MISA SHIN GALLERYで開催された、足立智美の個展「古い未来の楽器と新しい昔の楽器(と文字)((人工知能による))」(2025年3月29日〜4月26日)を畠中実がレビュー。現実世界では目にしたことがないような不思議な形状を持つこれらの楽器は、生成AI(人工知能)を介してイメージが制作されている。足立によるこの試みはいったい何を意図しているのだろうか。

私たちを進化させる過去に内在する未来
楽器とは、音楽を演奏するための装置である。人によっては楽器を演奏しているからといって、それが音楽とは感じられないということもあるかもしれない。しかし、楽器を使ってなされた何かは、それがなんであれ音楽と呼ばれてしまうということは確かにある。また楽器とは、音楽をつくるためのシステムを実行するための装置であるとも言える。音楽をつくるためのシステムが発明され、楽器が発明され、そして、その楽器によって演奏されることを想定して音楽が作曲され、演奏者によって演奏される。例外的に、そうした既存のシステムに依拠しない、あるいは一般的な演奏法とは異なる新しい発想によって生み出された楽器や、楽器との様々な関わり方を求める行為が、音楽のとらえ方を変化させるということもありうる。
また、楽器が人間によって演奏されるものである、という前提に従うならば、楽器は人間の身体と、その能力からの制約を受けて制作されてきたものである。楽器それぞれに技術を習得することの難易度の差はあるだろうが、身体的に演奏不可能な楽器はそもそも存在しない。いっぽう、演奏能力や想像力が楽器の性能を凌駕し、楽器本来の機能を拡張、進化させることもある。

Photo by Keizo Kioku, Courtesy of MISA SHIN GALLERY
この展覧会に出品された4種類の創作楽器はどれも、従来の長い年月を経て形態や演奏法が確立されてきた伝統的な楽器とは異なる様相を呈している。それらは、人間が演奏可能で、なんらかの楽音を奏でる仕様を持った、とりあえずの楽器的条件を備えているように見えることから、楽器であろうと想定される。どこか年季の入った風情のものもあれば、真新しい感じのするものもある。しかし、おそらくこの展覧会以外に、これらの楽器(のようなもの)を見たことがあるという人はいないだろう。ここにあるのは、実際に存在する楽器ではなく、どこかで見たことがあるような、何かと何かを合体させたような“異形の楽器”である。そのため、擦弦楽器、撥弦楽器、管楽器、体鳴楽器といった楽器の種類に分類できる要素、楽器の形態や部分から、どのような演奏がなされるかを想像することはできるかもしれないが、厳密にはどう演奏すればいいのか、その演奏法すら知ることはできない。
展覧会タイトルの一部に「古い未来の楽器と新しい昔の楽器」とあるのは、それらがかつて未来の楽器として想像された空想の楽器であり、それを現在において実際に制作してみせたという設定に由来するだろう。それは、ブライアン・イーノが設立した実験音楽レーベル「オブスキュア・レコード」から1975年にリリースされた、デヴィッド・トゥープとマックス・イーストレイによる作品がレコードの片面ずつ収録された『新しい楽器と再発見された楽器(New and Rediscovered Musical Instruments)』を思い出させる。イーストレイは、一本の弦を弓や指で演奏する「Arc」をはじめとする自作の弦楽器や音具といった自作音響装置を用いたインスタレーションを制作する即興演奏家/アーティストである。彼は、古代ギリシアに起源を持つと言われる、自然に吹く風によって音を奏でる弦楽器「エオリアン・ハープ」をモチーフとした音具など、過去の音響装置を再発見したうえで、新しい楽器として再制作している。
足立智美もまた、パフォーマーとして、エレクトロニクスを用いた楽器や、電子回路、センサー装置による楽器を自作し、音響詩や音声詩のパフォーマンス、即興演奏などを行っているほか、美術の領域でも活動している。既存の楽器を演奏することもあるが、主にパフォーマンスのための楽器や装置を自作することで、フォーマットにとらわれない、独自の表現としての音響表現を行っている。音楽の分野でも、創作楽器による作品を制作するハリー・パーチのような作曲家や、彫刻楽器を制作したベルナール&フランソワ・バシェの兄弟といった例も挙げられるが、自作楽器、自作音具は、むしろサウンド・アートの分野でよく知られているだろう。音楽からより自由な、形式にとらわれない語法を創造する表現であり、先に挙げたイーストレイのほか、日本では鈴木昭男や松本秋則などのアーティストがいる。

Photo by Keizo Kioku, Courtesy of MISA SHIN GALLERY