櫛野展正連載「アウトサイドの隣人たち」:戦国を纏う廃材
ヤンキー文化や死刑囚による絵画など、美術の「正史」から外れた表現活動を取り上げる展覧会を扱ってきたアウトサイダー・キュレーター、櫛野展正。2016年4月にギャラリー兼イベントスペース「クシノテラス」を立ち上げ、「表現の根源に迫る」人間たちを紹介する活動を続けている。彼がアウトサイドな表現者たちに取材し、その内面に迫る連載。第86回は牛乳パックで大迫力の鎧を生み出す長山剛士さんに迫る。

その甲冑は、間近で見ると、素材が牛乳パックや段ボールといった日常の廃材であることを忘れさせるほどの迫力と、歴史への深い敬意を感じさせる。幾重にも重ねられた牛乳パックが織りなす朱色は、たんなる赤色を超え、戦国の世に勇名を轟かせた「井伊の赤備え」の熱気を宿しているかのようだ。それはまるで、作者の創造を通して、かつて捨て去られる運命にあった物が、新たな生命と物語を与えられたかのような、力強い存在感を放っている。

この唯一無二の甲冑を生み出す長山剛士さんは、静岡県浜松市に暮らしている。旅館の料理長を長年務めた後、独学で甲冑制作の道へと進んだ稀有な人物だ。長年、料理長として腕を振るう傍ら、タバコの箱や新聞紙などで灯籠や鳥の置物などをつくり、宿泊客を喜ばせてきた。そして、その創作は独学で甲冑制作へと進み、本格化していった。彼の自宅兼工房には、高価な素材ではなく、身近な段ボールや牛乳パックといった廃材が山と積まれている。しかし、そこから生み出されるのは、精巧な細部までこだわり抜かれた武具の数々。とくに戦国武将・井伊直政率いる精鋭部隊を再現した「井伊の赤備え」は、地域の歴史と文化を力強く支える存在として、多くの人々に感動を与えてきた。甲冑制作に没頭する長山さんは、周囲を巻き込み、地域活性化にも一役買っている。
