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2025.3.25

宮本華子インタビュー。「相容れない他者」と向きあうために作品をつくり続ける

「VOCA展2025」の大賞を受賞した、アーティストの宮本華子。「家」や「家族」「他者」とのコミュニケーションをテーマに作品を制作を行い、今回《在る家の日常》が受賞作品となった。制作活動に加えて熊本でのレジデンスの運営も行う宮本が目指すものとは何か。この作品の制作経緯を通じて、話を聞いた。

聞き手・構成=三澤麦(ウェブ版「美術手帖」編集部) 撮影=手塚なつめ

宮本華子
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「どこにでもある家の日常」を「家」をつくることで表現

──VOCA賞の受賞おめでとうございます。今回の受賞作品《在る家の日常》は、画面がいくつかの家で構成されているようです。はじめに、この作品について教えていただけますか。

宮本華子(以下、宮本) ありがとうございます。私は15歳の頃に実家を出て祖父母と暮らしていたのですが、ここ3年のあいだに立て続けに祖父母が亡くなってしまって。最期を家で看取ることになりました。両親よりも長い時間をともにしたふたりが衰弱していく姿を見るのは、私にとってとてもつらかったのですが、同時にとても美しくも感じられました。この《在る家の日常》は、そんなどこにでもある家の日常を「家」をつくることでかたちにした作品です。

 以前より「家」「家族」「他者」といったテーマで制作をしてきましたが、祖父母の死は私にとって「家のような存在」が無くなることでもありました。この「私にとってのどうしようもない出来事」を作品化せずにはいられなかったんです。

宮本華子 在る家の日常 2025 提供=VOCA展2025 広報事務局

──この作品はそれぞれの家のなかに映像が組み込まれており、日常的な風景や家族の様子が映し出されています。映像のなかには、宮本さんが一緒に暮らしてきたお祖父さまやお祖母さまとのやりとりが反映されているのでしょうか?

 はい。ふたりとも映像に登場しています。例えば、祖母は自宅で訪問入浴の介護サービスを受けていたので、その様子も映し出されています。制作を通じて「どこにでもある日常」というものの愛おしさを実感するとともに、様々な人たちの手を借りながら紡がれていくものなのだということを、あらためて見つめる機会にもなりましたね。

宮本華子 在る家の日常 部分 2025
宮本華子 在る家の日常 部分 2025

「相容れない他者」と向きあうための制作活動

──以前より「家」「家族」「他者」とのコミュニケーションをテーマに制作をされているとのことですが、そのきっかけがあればを教えてください。

宮本 私にとっての「家族」とは、「相容れない他者」です。これは以前、福岡アジア美術館の佐々木さんという方が言語化してくださった言葉なのですが、その表現がとてもしっくりきています。かなり早いうちから両親と暮らしてはいなかったのですが、そもそも相容れないものであると考えれば、いまの状況は当たり前なのだと考えられるようになりました。

 15歳で実家を出たあと、高校では美術系大学への進学を目指すクラスに入りました。ちょうどその頃、熊本市現代美術館がオープンしたばかりで、最初の展覧会としてマリーナ・アブラモヴィッチの個展が行われていたんです。おそらく人生で初めて見た現代アートだったこともあり、口を使うことなく、こういった作品を通じた伝え方があるのかと非常に衝撃を受けました。その頃も自分にとってしんどいことがあるたびに、それと向きあうための作品制作に取り組んでいきました。

──つらさと向きあう方法が、宮本さんにとっては作品制作にあたるのですね。

 普通に生きることってすごく難しいことだと思うんです。直接言い合えることが本来は一番良いのかもしれませんが、人を変えるより自分を変えることのほうが早い気がしているんです。ただ、自分を変えることも簡単ではないですから、そのための努力のひとつとして制作を続けています。

出られずとも乗り、出られずとも漕ぐ。インスタレーション作品一部 しろが消えていく。 2023 九州芸文館 写真=長野聡史
私はあなたにだけ言えない。インスタレーション作品一部 しろが消えていく。 公開制作風景2020 つなぎ美術館

──宮本さんは女子美術大学の絵画学科をご卒業されていますが、絵画表現のみならず、映像やインスタレーションの制作も多く見受けられます。ご自身の表現方法として、そこにはどのような意図があるのでしょうか?

 大学生の頃から参加型の作品を制作しており、例えば、知らない人に話しかけて、蛇口とホースを持ってもらって写真を撮らせてもらう、といった旅を10年ほど続けていました。この取り組みの根底には、「他者」、とくに「父親」と喋ることが苦手な自分というものがあって、自分のコミュニケーション能力を上げれば解決できるかもしれない、と考えていたからなんです。結局この取り組みを10年続けて、コミュニケーション能力は上がったのかもしれませんが、肝心の「父親と話す」という部分の解決には至りませんでした。

──苦手なことに相対したとき、「逃げる」というのもひとつの有効な手段だと思うのですが、あえて積極的に向きあうことにしたのですね。

 もし相手が家族でなければ、シャットアウトできたのかもしれません。ただ私の場合はその対象が父親で、私よりも先に死を迎えるというタイムリミットがある。向こうが変わらず、コミュニケーションが取れないままであるのであれば、私が変わる努力をしなくてはならないと思ったんです。

ジャグホースの旅-NY-2016
ジャグホースの旅-NYsHause-2016

マイクロレジデンス「AIR motomoto」を始めたきっかけとは?

──受賞作の制作にあたって、ご家族や介護サービス以外の方とコミュニケーションを取ったりもしたのでしょうか?

宮本 はい、例えばこの作品をインストールしてくれているアーティストの井上修志さんは、私が熊本県荒尾市で運営している「AIR motomoto」というマイクロレジデンスに参加してくださった方で、東日本大震災の経験から社会の脆さや、社会と自然の構造に関心を持って制作をされています。

 昨年、作品制作について悩んでいたときに、井上さんが「ATAMI ART GRANT 2024」というアートイベントに参加されていたんです。それが、取り壊し予定の建物に対して作品制作を行うというもので、もしかすると「家」に関して考えが深まるかもしれないと思い、制作のお手伝いをさせていただきました。その制作期間中には、ほかのアーティストらとコミュニケーションをとる機会も多く、みんなで同じ家で寝泊まりをしたりもしました。そういった他者とのコミュニケーションの機会が、今回の受賞作にも反映されていると思います。

井上修志個展「一周の螺旋は円にも見える」 2023 AIR motomoto 写真=長野聡史
井上修志「一周の螺旋は円にも見える」制作風景 2023 AIR motomoto

──他者とのコミュニケーションについて考える宮本さんが、レジデンスを運営するというのは、ものすごくしっくりくるような気がします。宮本さんの活動のもうひとつの側面として、「AIR motomoto」の活動や設立の経緯について教えてください。

 「AIR motomoto」は、「熊本(Kumamoto)」「宮本(Miyamoto)」のmoto、そして「駄目で元々」というネガティブなようで、じつはポジティブな言葉を掛け合わせて名付けられました。このレジデンスの運営を始めたきっかけには、阿蘇で実施されていた県のレジデンス事業でベルリン在住の女性アーティスト、Gaby Taplickさんと仲良くなったことと、彼女からの誘いもあって1ヶ月間ベルリンに遊びに行った経験が挙げられます。彼女のスタジオに招待され、ともに過ごしたその時間がすごく素晴らしいものだったので、その一年後から自分もベルリンに住み続け、結局合計7年間も滞在することとなりました。

 ドイツでは、日本よりもアーティスト・イン・レジデンスの考えが浸透しており、自分がここにいることが特別ではない、という感覚がすごくあって安心したことを覚えています。「これなら自分もやりたいかもしれない」と思い、彼女に相談したところ、「やるなら手伝ってあげるよ」と言ってもらいました。ですから、motomotoで一番最初に招聘したアーティストは彼女なんです。そこから、ただのコンクリート打ち放しだったスペースの土台づくりを手伝ってもらい、いまの状態に至っています。

 現在このスペースも6年目で、いままでに12組のアーティストが滞在してくださいました。私とメキシコ人の友人であるValeria Reyesの2人で運営をしているので、招聘アーティストと距離が近いのも特徴のひとつだと思います。

──どのようなアーティストを招聘されることが多いのでしょうか?

 基本的には、熊本に滞在経験のない方にお声がけすることが多いです。私がベルリンに行っているあいだや、自身が招聘アーティストとして別の地域に赴いた際に、おもしろいと思ったアーティストに声をかけるようにしています。先ほどお話しした井上さんもそのうちのひとりでしたね。アーティストが滞在しているときには、私も自身の制作をしながらそのお手伝いをすることもあるのですが、人の作品を手伝うことでその人の考え方を知ることができるのも私にとっては興味深く、価値があるポイントだと考えています。

DONIKE Marie and SPECKS Johannes 成果展「OSEIBO NASHI NETWORK」荒尾梨談笑会風景 2023 AIR motomoto 写真=長野聡史

──ありがとうございました。では最後に、宮本さんがいま考えていること、今後挑戦したいことについてお聞かせください。

宮本 昨年は自分の制作に向きあう1年間でした。そして、4月からは5組のアーティストが順々にmotomotoに滞在する予定で、とてもワクワクしています。同じ場所に滞在し、同じ着眼点でリサーチを進めたとしても、まったく異なるアウトプットに行き着くのですから、アーティストって本当におもしろいですよね。その思考の過程から完成形までを見ることができるのも、レジデンスを運営するうえでの醍醐味だと思っています。「おもしろいものが見たい」という視点で声がけをしていることからも、全力でお手伝いしたいと思っています。

 なお、「VOCA展2025」とあわせて、静岡県湖西市新居町にある小松楼まちづくり交流館でも宮本による個展「在る家の日常」が4月下旬まで開催中。こちらもぜひご覧いただきたい。