2025.3.7

「AWARE賞 2025」を谷内恒子とガブリエル・マングルが受賞

3月6日、2025年のAWARE賞受賞者がパリのフランス文化省で発表された。9回目を迎える本年度は、谷内恒子(たにうち・つねこ)が「名誉」賞を、ガブリエル・マングル(Gabrielle Manglou)が「新しい視点」賞を受賞した。

文=飯田真実

AWARE賞 2025授賞式の様子(3月6日於フランス文化省、パリ)
撮影=筆者
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AWARE賞とは

 AWARE(Archives of Women Artists, Research and Exhibitions)により2016年に創設されたAWARE賞は、女性およびノンバイナリーのアーティストの評価向上を目的とし、フランス国内外での現代アートシーンにおける可視性を高める役割を果たしている。毎年、40年以上のキャリアを持つアーティストに贈られる「名誉」賞(Prix d’Honneur)と、フランスのアートシーンとの強い繋がりを持つキャリアの中堅段階にあるアーティストを対象とした「新しい視点」賞(Prix Nouveau Regard)の2つが授与される。

 9回目を迎える2025年の審査員団は、ベアトリス・サルモン(CNAPフランス国立造形芸術センター所長)を審査委員長に、カミーユ・モリノー(AWARE共同設立者、エグゼクティブ・ディレクター)、エステル・フェレール(アーティスト、AWARE賞2016「名誉」賞受賞)、サンドラ・パトロン(CAPCボルドー現代美術館館長)、ルーデス・メンデス・ペレス(フェミニスト人類学者、スペインバスク自治州Universidad del País Vasco)、ガエターヌ・ヴェルナ(米国オハイオ州コロンバスWexner Center for the Arts館長)、チュオン=ダイ・ヴォ(キュレーター、文筆家)で構成された。

 また、今年の候補者推薦委員に選ばれたオリヤ・マクルフ(美術史家、美術評論家、コレクティブ「Jeunes Critiques d’Art」共同創設者)、ローズ・K・ビドー(アーティスト兼研究者、LEGSジェンダー・セクシュアリティ研究所およびCFCフランス色彩センター所属)、オクサナ・カルポヴェッツ(美術史家、展覧会キュレーター)、ポール=エメ・ウィリアム(EHESS&IMAFアフリカ世界研究所美術史博士課程、現代美術誌「AFRIKADAA」メンバー)の4名が、「名誉」賞と「新しい視点」賞の候補者を1名ずつ推薦し、8名の候補者がノミネートされていた。

谷内恒子に「名誉」賞

 谷内恒子(1946年兵庫県生まれ、1987年よりパリ在住)は、パフォーマンス、ビデオ、写真、インスタレーションを駆使し、アートと現実、ジェンダー、社会、人種などの境界を探求してきた。彼女の代表的なシリーズ「ミクロ・イヴェント」は、日常の出来事を題材とし、観客、作品、アーティストの関係を再考する試みだ。1999年の《Micro-événement n°5 / Neuf personnages de femmes(ミクロ・イヴェント n° 5 / 九人の女性キャラクター)》では、女性が社会の枠組みの中で果たす役割や、その解放の可能性を探求した。

 近年は、キンバリー・クレンショーの「交差性フェミニズム」やアシル・ムベンベのポストコロニアル思想と共鳴する「多人種民主主義」といった概念を取り入れ、より広範な社会的・政治的文脈でパフォーマンスを展開。2018年の《Micro-événement n° 50 /Mon corps est politique(ミクロ・イヴェント n°50 / 私の身体は政治的である)》では、他者とのコラボレーションを通じて身体の社会的・経済的側面を問い直した。

 谷内は、パレ・ド・トーキョー(「Tokyorama」2001年)、リバプール・ビエンナーレ(2004)、グラン・パレ(「La Force de l’art」2006・2009年)、ポンピドゥー・センター(「Rendez-vous du forum」2010年)などで作品を発表し、2014年には銀座メゾンエルメス フォーラムで個展を開催している。

谷内恒子
© Nacása Partners Inc., Courtesy fondation d’entreprise Hermès, ADAGP, Paris 2021
谷内恒子 Micro-événement /Anniversaire de mariages, performance, pour Rendez-vous du forum, Session 2, Centre Pompidou, Paris, 2010,
Photo Maria Tomé, © ADAGP, Paris

ガブリエル・マングルに「新しい視点」賞

 ガブリエル・マングル(1971年フランス海外県レユニオン生まれ、ブルターニュ地方ロクミケリック在住)は、ドローイング、写真、立体、アーカイブを用いた詩的なインスタレーションで知られる。人間関係や権力構造、文化、アイデンティティをテーマに、視覚と感覚の境界を問い直す作品を展開。観客に対し、作品を通じて独自の物語を紡ぐ余地を残しながら、多層的な解釈を促す。

 とくに2018年にCité des Arts de La Réunionで開催された個展「H.O.C(Hypothèse de l’objet en creux)」(直訳すると「空虚な物体の仮説」の意)では、特に奴隷制や移民に関連する感情的な側面を探求した。事実ではなく感情的な物語を通じてこれらのテーマを描き、見る者に不安や奇妙さを引き起こすことで、歴史的な出来事の背後にある人々の経験を反映させる。

ガブリエル・マングル
© Alix Frégier
「H.O.C, « Hypothèse de l’objet en creux 」展示風景(Cité des arts de La Réunion、2018年)
© Gabrielle Manglou / 2018

授賞式と今後の展開

 AWARE賞はフランス文化省の公認サポートとシャネル・カルチャー・ファンドから支援を受けており、ダチ文化相の挨拶に続いて受賞者の発表と授賞式が、パリ・ヴァロワ通りの文化省内で開催された。

 「名誉」賞は、キャリアが40年以上であると同時に、これまでフランスで大規模な回顧展が開催されていないことが選考基準にあり、今後そうした機会が望まれている。受賞者には、1万ユーロの賞金が授与され、AWAREとパリの出版社Manuella Éditionsとの共同プロジェクトとして、アーティストやその作品に関する未公開インタビューが掲載された本が刊行される予定。会場には谷内の作品の昔からのファンだという美術関係者や、美術学校等でたびたび谷内を講師に招聘していたパフォーマンス研究者などが祝福に駆けつけ、長期間継続してきた比類なきアーティストの多大な功績をねぎらっていた。

 「新しい視点」賞の受賞者には、アンスティチュ・フランセがニューヨークで運営するヴィラ・アルベルティーヌでのアーティスト・レジデンスと、ブルックリンにある女性およびノンバイナリーアーティストのための展示スペースA.I.R. Galleryのサポートが提供され、帰国後もフランス現代アートセンターのネットワークであるd.c.a.の提携施設での個展が予定されている。また、CNAPによる作品収蔵も行われる。