2024.11.6

「渡辺志桜里 宿/Syuku」(資生堂ギャラリー)開幕レポート。循環で探る土地と民族のアイデンティティの在り処

外来種や絶滅種といった人間と自然とのあいだに生じる問題を焦点にするアーティスト・渡辺志桜里の個展「渡辺志桜里 宿/Syuku」が、東京・銀座の資生堂ギャラリーで開催中だ。会期は12月26日まで。

文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

展示風景より、《Sans room》(2017〜)
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 外来種や絶滅種といった人間と自然とのあいだに生じる問題を焦点に、人間と環境、そして人間同士の関係性を問うアーティスト・渡辺志桜里の個展「渡辺志桜里 宿/Syuku」が、東京・銀座の資生堂ギャラリーで開幕した。会期は12月26日まで。

展示風景より、《Sans room》(2017〜)

 渡辺は1984年東京生まれ。2008年中央大学文学部仏文学専攻卒業、15年東京藝術大学美術学部彫刻科、17年同大学大学院美術研究科彫刻専攻修了。おもな展示に「非≠人間と物質」 / Non Not equal Between man and matter」(3331 Arts Chiyoda、2021)、「ベベ」(WHITEHOUSE、2021)、「とうとうたらりたらりらたらり あがりららりとう」(新宿歌舞伎町能舞台、2022)、「BLUE」(SACS、2024)など。

会場のエントランス

 本展で渡辺は水槽やプランターなどをホースでつなぎ、水やバクテリアを循環させて自律した生態系を構築する代表作《Sans room》(2017〜)を中心に、連関するような作品を展示している。本展の《Sans room》は過去最大規模の規模となっており、ギャラリー全体に張り巡らされたホースと水槽によってつくりだされている循環は圧巻だ。まずはその概要を紹介したい。

展示風景より、《Sans room》(2017〜)

 展示室の中央には紫外線と赤外線の育成ライトで育てられている稲がある。この稲は「亀ノ尾」という「コシヒカリ」や「あきたこまち」の祖先にあたる品種であり、明治から大正にかけて広く栽培されたものの、現代農法に向かないために栽培されなくなった。

展示風景より、《Sans room》(2017〜)の「亀ノ尾」の栽培

 室内で人工的に育成されるこの稲の水分となっているのは、釣り餌などに使われるイトメの排泄物を含んだ水槽の水を、バクテリアの住みついた溶岩の水槽を通すことで窒素を供給したものだ。稲に給水した残りの水は再びイトメの水槽へと戻り、そしてイトメの水槽には餌となる藻がまた別の水槽から供給されている。

展示風景より、《Sans room》(2017〜)のイトメの水槽

 さらに、このイトメを餌として送られているのが金魚の水槽で、この金魚の糞もイネの養分とるように巡回している。金魚は約2000年前に中国南部で発見された野生の赤いフナが原種であり、そこから人為的な餞別と淘汰を経て、約500年前に日本へと渡来した説が有力となっている。数々の日本画やイマーシブ・ミュージアムにおける体験型作品のモチーフとなっている金魚は、日本の夏を象徴する存在として多くの人に認知されている。しかしながら、実際には約500年前に外来した魚であり、日本のアイデンティティとはどこにあるのかを問う存在でもある。

展示風景より、《Sans room》(2017〜)の金魚の水槽

 こうした外来生物としての金魚は、壁面に展示されている作品《堆肥国歌》(2024)とも呼応している。本作でレジンの中に固められている魚はブルーギルだ。60年代より食用として全国各地に放流されたブルーギルは、2005年に特定外来生物に指定。捕獲した場合はリリースまたは殺処分することが推奨されている。渡辺は釣った外来魚を捨てる外来魚回収ボックスからブルーギルを入手し、バクテリアによって分解させることでその形状を空洞化させて本作をつくりあげた。

展示風景より、《堆肥国歌》(2024)

 このブルーギルを国内に持ち込んだのは当時の皇太子、現在の上皇であり、07年には自ら「心を痛めている」というコメントも発表していることが知られている。日本の象徴とされている天皇と、外来種でありながら日本の土地に還っていったブルーギルとのあいだにある複雑な関係を、本作から読み取ることもできるだろう。

 なお、渡辺は《Sans room》の循環のひとつに、昭和天皇に関連する植物も組み込んでおり、渡辺の天皇という日本の伝統を象徴する存在への興味を、作品のいたるところから感じることができる。

展示風景より、《Sans room》(2017〜)の植物

 こうした興味は、映像インスタレーションとして展開されている《射留魔川》(2024)にも反映されている。本作は最古の能とされる『翁』にインスピレーションを受けて渡辺と安田登、加藤眞悟、ドミニク・チェンが制作した新作能『射留魔川』の上演の映像を中心に、展示中の《Sans room》のサウンドがリアルタイムでミックスされる作品だ。

展示風景より、《射留魔川》(2024)

 本作は埼玉の「射留魔川」であるという伝説にもとづいてつくられた。ふたつの太陽が昇り人々が困っていたところ、天子の命によって弓の名手が片方の魔の太陽を射落とし、それが三本足の鳥となったというこの伝説は「射留魔川=入間川」の語源になっているという説がある。天子の命や、ふたつの太陽、そして入間周辺にある渡来人の痕跡といった事物とも連関する本作は、日本という国のアイデンティティを考える作品でもある。

展示風景より、《Sans room》(2017〜)と《射留魔川》(2024)

 内部と外部という観点から、土地の歴史とアイデンティティとはどこから生まれるのか、という根源的な問いにたどり着く本展。多様な文脈をひとつの循環として、明瞭なかたちで提示する渡辺の手腕が光る展覧会といえるだろう。