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2024.12.14

「谷中佑輔 弔いの選択」(十和田市現代美術館)レポート。あなたの身体はどこまでがあなたのものか

十和田市現代美術館で環境や他者との関係性のなかでの⾝体のあり方を探る谷中佑輔の個展「谷中佑輔 弔いの選択」が開催されている。会期は2025年3月23日まで。会場の様子をレポートする。

文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

展示風景より、《CRISPR-PP7》
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 青森・十和田市の十和田市現代美術館で、環境や他者との関係性のなかでの⾝体のあり方を探る谷中佑輔の個展「谷中佑輔 弔いの選択」が開催されている。会期は2025年3月23日まで。

 谷中佑輔は1988年⼤阪府⽣まれ。2012年に京都市⽴芸術⼤学美術学部彫刻専攻を卒業、14年に京都市⽴芸術⼤学⼤学院美術研究科彫刻専攻を修了。現在はドイツ、ベルリンを拠点に、彫刻とダンスをおもな表現形式として作品制作を⾏ってきた。

展示風景より、右が《CRISPR-PP8》(2024)

 本展は谷中にとっての美術館初個展。新作のインスタレーションや彫刻、映像とともに、パフォーマンスも発表している。 

 展覧会は、最初の展示室をすべて使った作品《Gallop》(2022/24)から始まる。本作は、もともとパフォーマンスとして考案された同名の作品を本展のためにインスタレーションとしたもので、複合的な要素によって成り立っている。

展示風景より、《Gallop》(2022/24、部分)

 本作はもともと、谷中の弟が事故で障害を負ったことをきっかけに構想されたものだ。展示室の入口には作品の一部として、モニターの置かれた机と縄がくくりつけられたイスが置かれている。モニターに映し出されているのは谷中が弟から借り受けた映像で、彼がベッドに寝ながら撮影した介護士の顔が映されている。谷中の弟はこの映像を次のような言葉とともに谷中に手渡した。

これは両手両足縛って見て欲しいやつ
手は後ろで

 会場のイスに括られた縄は、鑑賞者が自らの手足を縛るためのものであり、実際に鑑賞者が手足を縛ったとしたら、手足が動かせない状態で介護士を見上げる、谷中の弟と同じ状態になるということが想像される。いっぽうで、谷中はこうした行為を実行したとして「映像を見る人の経験は弟と同じになることはないし、近くなることもないと思う」と語る。このメッセージを受け取った谷中は、弟に対していかなるフィードバックをするべきだったのか、いまも考え続けているという。

展示風景より、《Gallop》(2022/24、部分)

 こうした身体機能の喪失と、その喪失と向き合うことがいかなることなのか、という問いが本作《Gallop》では通底している。天井から袋が吊り下げられているが、その袋は突如床に叩きつけられ衝撃音を響かせる。床にはコンクリートとガラスに噴水のように水を浴びせつつ循環させる彫刻がおいてあり、さらにドアの奥には入ってきた観客の歩行の軌跡をカメラで捉えてモニターに映し出す暗い部屋が用意された。

展示風景より、《Gallop》(2022/24、部分)

 こうした装置のいずれもが、谷中が作品の主題とする、周囲の環境や他者との関係といった、身体を定義する外部を表徴するものだといえる。谷中はベッドの上の弟と対峙したとき、自らのパフォーマンスの経験と照らしながら改めて身体について考えたという、身体に係る「重力」。あるいは、外部から取り込まれて身体の中を流れ、重力に従って落ちていく「水分」。さらに身体はつねに他者の「視線」によってラベリングされ、記録される。自分たちの身体の自律性はどこにあるのかを、本作は鑑賞者に問いかける。

展示風景より、《Gallop》(2022/24、部分)
展示風景より、《Gallop》(2022/24、部分)

 パフォーマンス映像の記録《空気きまぐれ》(2023)も、外部から身体に作用する「空気」を主題とした作品だ。谷中は音が聞こえるダンサーと音が聞こえないダンサーとともにワークショップを実施。空気バッグに入ったり抜けたりする空気を、音で感じるか、触覚で感じるか、すべては人それぞれであることが、本作からは伝わってくる。会場では本映像を、実際に空気バッグを触りながら鑑賞することができる。空気の影響を鑑賞者それぞれがどのように受けているのか、改めて考えられる作品といえるだろう。

展示風景より、《空気きまぐれ》(2023)

 展示室を結ぶ長い廊下に並んでいるのは、ドローイングシリーズ《クジラの地理的身体ドローイング1-10》(2020)だ。本シリーズはにおける捕鯨の歴史をモチーフにしたもので、画面中央には躍動するクジラが、その周囲にはクジラを捕えるモリが描かれている。コロナ禍において現地でのリサーチが困難ななか、自らの身体との連続性を意識しながら捕鯨について描いた作品群だ。

展示風景より、《クジラの地理的身体ドローイング1-10》(2020)

 廊下から最後の展示室にかけては、谷中の再生医療への興味から生まれた彫刻シリーズを展示。医療器具をモチーフに、金属やガラスを組み合わせ、現代医療と身体の関係を象徴的に表した。身体を細分化し、そのうえで組織を再生させる再生医療とはどのような行為なのか。身体のつながりとは、果たしてそのように単純なものなのか。倫理を超えた、身体の持つアイデンティティに根ざした問いが作品から伝わってくる。

展示風景より、《CRISPR-PP6》(2024)

 思考するときも、行動するときも、ただ無意識にあるときも、人間である以上、身体から逃れることはできない。その身体は限りない外部によって侵犯され、定義され、ときに傷つけられる。普段見過ごしてきた、あるいは見ないようにしてきた、そんな緊張感を持ったせめぎ合いを、本展は鑑賞者の前に露わにする。鑑賞者個々の身体は何かしらの残留物ではないのか、それを認めたうえでどのように向き合うべきなのか。そんな思考を要求する、挑戦的な展覧会といえるだろう。