パフォーマンス映像の記録《空気きまぐれ》(2023)も、外部から身体に作用する「空気」を主題とした作品だ。谷中は音が聞こえるダンサーと音が聞こえないダンサーとともにワークショップを実施。空気バッグに入ったり抜けたりする空気を、音で感じるか、触覚で感じるか、すべては人それぞれであることが、本作からは伝わってくる。会場では本映像を、実際に空気バッグを触りながら鑑賞することができる。空気の影響を鑑賞者それぞれがどのように受けているのか、改めて考えられる作品といえるだろう。
展示室を結ぶ長い廊下に並んでいるのは、ドローイングシリーズ《クジラの地理的身体ドローイング1-10》(2020)だ。本シリーズはにおける捕鯨の歴史をモチーフにしたもので、画面中央には躍動するクジラが、その周囲にはクジラを捕えるモリが描かれている。コロナ禍において現地でのリサーチが困難ななか、自らの身体との連続性を意識しながら捕鯨について描いた作品群だ。
廊下から最後の展示室にかけては、谷中の再生医療への興味から生まれた彫刻シリーズを展示。医療器具をモチーフに、金属やガラスを組み合わせ、現代医療と身体の関係を象徴的に表した。身体を細分化し、そのうえで組織を再生させる再生医療とはどのような行為なのか。身体のつながりとは、果たしてそのように単純なものなのか。倫理を超えた、身体の持つアイデンティティに根ざした問いが作品から伝わってくる。
思考するときも、行動するときも、ただ無意識にあるときも、人間である以上、身体から逃れることはできない。その身体は限りない外部によって侵犯され、定義され、ときに傷つけられる。普段見過ごしてきた、あるいは見ないようにしてきた、そんな緊張感を持ったせめぎ合いを、本展は鑑賞者の前に露わにする。鑑賞者個々の身体は何かしらの残留物ではないのか、それを認めたうえでどのように向き合うべきなのか。そんな思考を要求する、挑戦的な展覧会といえるだろう。