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2024.12.14

「カラーズ」(ポーラ美術館)開幕レポート。「色彩」をめぐる旅へ

箱根のポーラ美術館で「カラーズ ― 色の秘密にせまる 印象派から現代アートへ」が始まった。会期は2025年5月18日まで。*作品はすべて報道内覧会にて撮影

文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

展示風景より、草間彌生《無限の鏡の間-求道の輝く宇宙の無限の光》(2020)
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 近代から現代に至るまで、美術家たちが獲得してきた「色彩」とその表現に注目する展覧会「カラーズ ― 色の秘密にせまる 印象派から現代アートへ」が箱根のポーラ美術館で始まった。会期は2025年5月18日まで。担当学芸員は内呂博之、東海林洋、山塙菜未。

 本展は、色彩論や色を表現する素材との関係にふれながら、色彩の役割についてあらためて考察するもの。初公開となる新収蔵10点を含むポーラ美術館の名品を中心に、印象派から現代美術までが並ぶ。会場構成は「プロローグ」「第1 部 光と色の実験」「第2部 色彩の現在」。

会場入り口
1F アトリウムには山口歴の作品が展開

プロローグ 

 そもそも「色」とは、光線のうち物体に吸収されないで反射される波長が、人の網膜に一種の感覚としてとらえられるもの。また、太陽光をプリズムで分光してできる7色のスペクトルをもとに色相、明度、彩度によって表わされるものだ。

 プロローグを飾る杉本博司の「Opticks」シリーズは、まさにこの原理を作品として見せるもの。同シリーズは、アイザック・ニュートンの著作である『 光学 』(1704)に由来しており、プリズムによる分光装置を透過した光のスペクトルをポラロイドカメラで撮影。そのプリントをスキャンしたのち、色調を微調整しながら拡大して印画紙に焼き付けるという一連のプロセスの繰り返しによって生み出されている。杉本自身が「光を絵具として使った新しい絵(ペインティング)」と評した写真作品であり、本展冒頭を飾るにふさわしいだろう。

展示風景より、杉本博司「Opticks」シリーズ

第1部「光と色の実験」

 第1部の出品作家は、ウジェーヌ・ドラクロワクロード・モネジョルジュ・スーラ、ロベール・ドローネー、ワシリー・カンディンスキー、アンリ・マティス、モーリス・ルイス、ヘレン・フランケンサーラー、ケネス・ノーランド、アド・ラインハート、ダン・フレイヴィンドナルド・ジャッドゲルハルト・リヒターベルナール・フリズ白髪一雄田中敦子、桑山忠明、前田信明。

 1部の冒頭を飾るクロード・モネをはじめとする印象派の画家たちは、物体の固有色を否定し、光によって移ろう対象の色彩を表現することによって、独立した色彩表現の可能性を追究した存在だ。

 またアンリ・マティスらフォーヴの画家たちは、対象から色彩そのものを解放し、画面における色彩の調和を重視したことで知られる。またドイツで抽象絵画を探究したカンディンスキーは、色彩や形などの要素の組み合わせが鑑賞者の心を揺さぶると考え、20世紀抽象絵画の論理的な基礎をつくった。

第1部の展示風景より
展示風景より、ワシリー・カンディンスキー《支え無し》(1923)

 これらの絵画は戦後アメリカのケネス・ノーランドに代表されるカラーフィールド・ペインティングや、アド・ラインハートの「タイムレス・ペインティング」などに影響を与えたことは言うまでもない。

 ラインハートの一見真っ黒に見える絵画は、いくつかの四角形を組み合わせて1枚の画面を構成したもの。タイムレス・ペインティングシリーズのひとつである《抽象絵画》(1958)は、抽象絵画の到達点のひとつとされている。

展示風景より、アド・ラインハート《抽象絵画》(1958)

 ゲルハルト・リヒターはスキージによって絵具を塗り広げる手法によって、《抽象絵画(649-2)》(1987)のような大作をいくつも手がけてきた。いっぽうで、デジタル技術によって自身の作品を再解釈した「ストリップ・シリーズ」を2011年から制作しており、色と光をめぐる探究はいまなお続いている。

展示風景より、ゲルハルト・リヒター《抽象絵画(649-2)》(1987)、《ストリップ(926-3)》(2012)

 本展では新収蔵となったフリズの絵画3点にも注目したい。フリズは絵具同士を編み物のごとく重ねることで1つの巨大な画面を生み出すことで知られる。白い下地の効果によって画面は透明感と明るさを放ち、玉虫色を見せる。

展示風景より、ベルナール・フリズ《Rivka》(2019)、《Ijo》(2020)

 ミニマリズムの作家として並ぶドナルド・ジャッドとダン・フレイヴィンの作品も新収蔵だ。フレイヴィンの《無題(ドナに)5a》(1971)は規格化された複数の色の蛍光灯を組み合わせたもので、光の色が混ざり、空間が不思議な色彩を帯びている。

展示風景より、ダン・フレイヴィン《無題(ドナに)5a》(1971)

 1958年に渡米し、ジャッドたちとミニマリズムを牽引した桑山忠明による30本のアルミニウムで構成された大作《無題》(2018)もまた素材そのものが持つ色を放っており、見る角度によって様々な表情を見せてくれる。

展示風景より、桑山忠明《無題》(2018)

第2 部「色彩の現在」

 続く第2部の出品作家は、草間彌生ヴォルフガング・ティルマンス丸山直文、グオリャン・タン、山口歴流麻二果門田光雅、坂本夏子、山田航平、川人綾、伊藤秀人、中田真裕、小泉智貴、山本太郎

 本章は、現在、日本や世界で活躍する作家たちがいかに色彩と向き合っているのかを紹介するもの。作家選定については、「本物の色を追求していると感じられる作家たちを選んだ」(内呂)という。

 ティルマンスの「フライシュヴィマー」シリーズは、カメラや被写体、ネガすら使わずに、暗室の中で印画紙を露光させることで生み出した写真作品。また丸山直文の《morphogen》(1994)は綿布に張った水の上にアクリル絵画を滴らせ、水が乾くことで模様が画面に定着するというものだ。水の動きが絵具を拡散させ、画面全体を淡く彩る。

展示風景より、左2点がヴォルフガング・ティルマンスの「フライシュヴィマー」シリーズ。右が丸山直文の《morphogen》(1994)

 川人綾の絵画は、格子状に塗り重ねられた色彩が大きな特徴。「制御とズレ」をテーマに、大島紬の織りや模様の引用を出発点とし、泥染のグラデーションや蚊絣(かがすり)の点描表現を引用しつつ、見事な錯視効果を表出させた。

展示風景より、川人綾《CUT C/U/T_mcmxl-mcmxl_(w)_I》《CUT C/U/T_mcmxl-mcmxl_(w)_Ⅱ》(ともに2024)

 日本の古典文学・芸能をベースに、現代風俗を融合させた「ニッポン画」を提唱する山本太郎は今回、琳派のモチーフとアンディ・ウォーホルにオマージュを捧げるシルクスクリーンをはじめ、横山大観の《不二霊峰》(1940年代)と接続する《羽衣バルーン》(2012)など、ポップな色彩を見せてくれる。

展示風景より、山本太郎《羽衣バルーン》(2012)と横山大観《不二霊峰》(1940年代)

 本展で唯一、ファッションデザイナーとして参加した小泉智貴は、オーガンジーによる大胆なボリュームと鮮やかな色彩の作品で知られている。本展で大きな存在感を放つ《Infinity》(2024)は、170ものカラーバリエーションから選ばれ、パッチワークのように紡がれたオーガンジーの色彩は、複雑ながら見事な調和を見せる。そしてその圧倒的なサイズからは、ファッションとアートのボーダーを超えようとする小泉の意欲が感じられるだろう。

展示風景より、小泉智貴《Infinity》(2024)

 最後を飾るのは、草間彌生による日本初公開のミラールーム《無限の鏡の間-求道の輝く宇宙の無限の光》(2020)だ。無限に反射する空間の中に設置された膨大な数の「水玉」その色を次々と変え、鑑賞者をどこか別の世界へと誘う。「色」をめぐる展覧会の締めくくりにこれ以上ないほどふさわしい作品だ。

展示風景より、草間彌生《無限の鏡の間-求道の輝く宇宙の無限の光》(2020)