2024.12.17

「HAPPYな日本美術」(山種美術館)に見る、日本美術の吉祥

東京・広尾の山種美術館では現在、「HAPPYな日本美術ー伊藤若冲から横山大観、川端龍子へー」が開催されている。会期は2025年2月24日まで。

文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

展示風景より、岸連山《花鳥図》(江戸時代、山種美術館)
前へ
次へ

 日本美術において表現されてきた様々な吉祥の造形。これにフォーカスした展覧会「HAPPYな日本美術ー伊藤若冲から横山大観、川端龍子へー」が、東京・広尾の山種美術館で2025年2月24日まで開催中だ。

 本展には、長寿や子宝、富や繁栄など、人々の願いが込められた作品55点が並ぶ。

展示風景より、手前は横山大観《天長地久》(1943頃、山種美術館)

 展示は「福をよぶー吉祥のかたち」と「幸せをもたらすーにっこり・ほのぼの・ほんわか」の2章構成。

 第1章では、吉祥をモチーフとした作品が並ぶ。展示冒頭は、2025年の干支でもある巳年にちなんだ蛇を主題とした作品が並ぶ。蛇は富をもたらす生き物として信仰され、昔話や神話にも頻繁に登場する。なかでも注目は竹内栖鳳《艶陽(えんよう)》(1940、山種美術館)だ。繊細なウロコや舌など、繊細な徹底した観察眼によって描かれた蛇の姿に目を凝らしてほしい。

展示風景より、竹内栖鳳《艶陽》(1940、山種美術館)

 「吉祥」の代表的なモチーフは「松竹梅」だろう。横山大観と川合玉堂、竹内栖鳳が合作した《松竹梅》(1934、山種美術館)は、大観が力強い松を、玉堂が鮮やかな竹を、栖鳳が明るい色彩の梅を描いた3つの軸からなる作品だ。

 なおこの作品の隣には、山種美術館創設者・山崎種二が依頼した横山大観・川合玉堂・川端龍子による《松竹梅》(1955、山種美術館)も展示されているので見比べてみるのも面白い。

展示風景より、手前が横山大観・川合玉堂・竹内栖鳳の《松竹梅》(1934、山種美術館)。奥が横山大観・川合玉堂・川端龍子による《松竹梅》(1955、山種美術館)

 松竹梅のうち「松」を描いた作品として圧巻なのが、伏見宮家に奉献するために制作された背景を持つ下村観山の《老松白藤》(1921、山種美術館)。松に藤の花がかかる様子は和歌にも詠まれており、吉祥の画題でもある。画面に小さく描かれた熊蜂もまた出世を象徴する吉祥のモチーフだ。

展示風景より、下村観山《老松白藤》(1921、山種美術館)

 会場には人気の伊藤若冲も並ぶ。若冲といえば鶏が知られるが、鶴の作例も多い。鶴は不老不死の仙境・蓬莱山に住むとされ、長寿のシンボルだ。若冲の《鶴図》(18世紀、個人蔵)はつがいの鶴が松とともに描かれたもので、のびやかな筆致が見どころとなっている。

展示風景より、伊藤若冲《鶴図》(18世紀、個人蔵)

 霊峰として古くから信仰の対象でもある富士山は、平安時代には蓬莱山と同一視され、吉祥の山とされてきた。横山大観はその堂々とした姿を生涯1500点以上描いたが、なかでも《心神》(1952、山種美術館)は山種美術館にゆかりの深いもの。同館の設立に際し、美術館をつくることを条件に大観から特別に購入を許された1点だ。

展示風景より、左が横山大観《心神》(1952、山種美術館)
展示風景より、手前は横山大観《蓬莱山》(1939、山種美術館)

 江戸時代から縁起物として描かれるようになったという七福神。狩野常信の《七福神》(17〜18世紀、山種美術館)は、七福神とともに吉祥の画題である唐子が描かれており、周囲には松竹梅も盛り込まれるなど、めでたさの極みといった様相だ。

展示風景より、狩野常信《七福神》(17〜18世紀、山種美術館)

 第2章は、ユーモラスな表現や幸福感のある情景を主題とした作品が並ぶ。

 なかでも注目したいのは、川端龍子の《百子図》(1949、大田区立龍子記念館)だろう。「百子図」は、子孫繁栄を象徴する中国由来の画題。本作は、終戦後、子供たちの嘆願によってインドから上野動物園に贈られた象のインディラを題材にしたもの。象を中心に子供たちが戯れる、平和な情景が大画面に広がる。

展示風景より、川端龍子《百子図》(1949、大田区立龍子記念館)

 そのほか、猪を抱えてうれしそうな表情の《埴輪 猪を抱える猟師》(古墳時代、個人蔵)や、若冲が描いたリズミカルに布袋が並ぶ《伏見人形図》(1799、山種美術館)など、バリエーション豊かな作品が集う。

《埴輪 猪を抱える猟師》(古墳時代、個人蔵)
展示風景より、左から伊藤若冲《蛸図》(18世紀、個人蔵)、《伏見人形図》(1799、山種美術館)