2025.6.20

ホセ・パルラ「Home Away from Home」展開幕レポート。日本を“もうひとつの故郷”とする表現の軌跡

ニューヨークを拠点に活動するアーティスト、ホセ・パルラが20年以上にわたり築いてきた日本との関係をたどる個展「Home Away from Home」が、銀座と六本木の2会場で開幕した。

文=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

ホセ・パルラ「Home Away from Home」展(ポーラ ミュージアム アネックス)の展示風景より 画像提供=KOTARO NUKAGA
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 都市の記憶や移動の痕跡を、重層的な筆致と独自のカリグラフィーで描き出してきたアーティスト、ホセ・パルラの個展「Home Away from Home」が、ポーラ ミュージアム アネックス(銀座)とKOTARO NUKAGA(六本木)の2会場で同時に開幕した。会期はそれぞれ7月27日と8月9日まで。

 1973年にマイアミで生まれたホセ・パルラは、プエルトリコやキューバなど多様な移民文化の影響を受けながら育ち、都市生活と芸術の関係性を主題に、独自のビジュアル・ランゲージを築いてきた。現在はニューヨークを拠点に国際的に活動するパルラにとって、日本は20年以上にわたり何度も訪れてきた特別な場所であり、本展は彼にとって“もうひとつの故郷=Home Away from Home”をテーマに、その創作の軌跡と現在地をたどる貴重な機会となっている。

ホセ・パルラ「Home Away from Home」展(ポーラ ミュージアム アネックス)の展示風景より 画像提供=KOTARO NUKAGA

 展覧会は2つの異なる視点から構成されている。ポーラ ミュージアム アネックスでは、パルラと日本との関係に焦点を当て、過去の代表作に加え、備前焼とのコラボレーションや東京を描いたラージスケールの新作など、約20点が展示されている。いっぽうのKOTARO NUKAGAでは、近年の日本滞在や交流から着想を得た新作絵画が発表され、より私的かつ詩的な「日本へのオマージュ」としての現在の表現が示されている。

ホセ・パルラ 撮影=編集部

 開幕に際し、会場に姿を見せたパルラは、「日本は私にとってとても特別な場所。初めて訪れた2000年頃から、ここで築いた友情は一生の宝物です」と語り、「この場に集まってくれたコレクターや仲間たちのおかげで、こうして展覧会が実現しました。心から感謝しています」と感極まった様子で挨拶した。

 展覧会カタログに寄稿したポーラ美術館の学芸員・東海林洋は、パルラ作品の魅力を「フラジャイルでありながら、非常に強さを内包していること」と語る。「いま、世界では多くの人が大きな力の前に立ちすくんでいます。ホセの作品は、そんななかでも壊れやすさを抱えながら前に進む人々の姿と重なります。そしてもうひとつの魅力は“複雑さ”です。ひとつの画面に幾層ものレイヤーが重なり、空気のように、霧のように、風景をかたちづくっている。これは彼の人柄や、時間、季節の流れまでもが映し出されているのです」と述べた。

ホセ・パルラと東海林洋 撮影=編集部

 実際、パルラの作品においては、塗り重ね、加筆、消去といったプロセスそのものが、都市の壁に残された記憶の層や、身体的な動きとしての痕跡として絵肌に刻まれている。その視覚言語は、言語・アイデンティティ・空間といった概念に詩的な問いを投げかけ、観る者の感覚を静かに揺さぶる。

ホセ・パルラ「Home Away from Home」展(ポーラ ミュージアム アネックス)の展示風景より、中央の作品は2011年の東日本大震災を思いながら制作されたという《NIPPON》(2013) 画像提供=KOTARO NUKAGA

 今回の展覧会には、2011年の東日本大震災を思いながら制作された作品も含まれている。東海林は「ただ筆を走らせているのではない。土地や歴史、感情への深いまなざしが込められている」と語る。こうした制作姿勢は、旅や出会い、記憶と身体の交差によって生まれるものであり、本展でもその重層的な世界が濃密に展開されている。

ホセ・パルラ「Home Away from Home」展(KOTARO NUKAGA〈六本木〉)の展示風景より 画像提供=KOTARO NUKAGA

 KOTARO NUKAGAに展示されている新作群は、まさにその「旅の続き」と言えるだろう。パルラは今回の新作について、「日本での経験や友人たちとの時間から生まれたもの。芸術の旅を豊かにしてくれたすべての瞬間へのオマージュです」と語っている。街を歩き、人と交わり、言葉の通じないなかで感じ取ったもの──それらが抽象的なかたちで画面に定着されている。

ホセ・パルラ「Home Away from Home」展(KOTARO NUKAGA〈六本木〉)の展示風景より 画像提供=KOTARO NUKAGA

 日本との長年にわたる関係とその深化を、2つの異なる会場で体感できる本展。都市に刻まれた記憶のレイヤーと、そこに寄り添う人々の姿を描くパルラの作品群は、観る者それぞれの「Home」とは何かを、静かに問いかけてくるだろう。