2025.8.5

「浅間国際フォトフェスティバル2025 PHOTO MIYOTA」が開幕。避暑地で見る写真の現在地

避暑地として知られる長野県御代田町で「浅間国際フォトフェスティバル2025 PHOTO MIYOTA」がスタートした。今年のハイライトは?

文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

展示風景より、ルイーザ・ドア《Imilla》(2021)
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 2018年にスタートし、コロナ禍を経て今年で6回目を迎える「浅間国際フォトフェスティバル PHOTO MIYOTA」が開幕を迎えた。

 本フェスティバルは昨年約3万3000人もの来場者を迎え、ますます注目を集めている。御代田町はここ数年、とくに若い世代のクリエイターを中心に移住者が増加しており、フェスティバルの会場となる「MMoP(モップ)」も近隣住民や旅行者から人気のスポットだ。

展示風景より、小山泰介《SEVENTH DEPTH》(2014)
展示風景より、カロリナ・ウォイタス《Abzgram》(2023)
展示風景より、ロール・ウィナンツ《Time Capsule》(2023)
展示風景より、ロンフィ・チェン《Meyer Lemon》(2020-22)

 今年のテーマは「Unseen Worlds まだ見ぬ世界へ」。ミクロの世界からマクロの世界まで、多様なアプローチを通して「まだ見ぬ世界」はの扉を開くような作品がラインナップされた。このうち、いくつか代表的な作品を紹介したい。

 リサーチ型の作品で知られるマレン・ジェレフは今回、公衆衛生学の研究者であるクラウス・ピヒラーと協働。2009年にオランダで「アスペルギルス・フミガータス」というカビの菌株が原因で数人が亡くなったケースを題材に《Too close to nice》を制作した。この菌はオランダの特産品であるチューリップの大量生産に関連するものであり、本作ではカビの姿をチューリップと重ね合わせ、美しい花が生まれる代償に脅威も同時に生まれるという事実を示している。

展示風景より、マレン・ジェレフ/クラウス・ピヒラー《Too close to nice》(2022)
展示風景より、マレン・ジェレフ/クラウス・ピヒラー《Too close to nice》(2022)とエルサ・レディエの作品群

 加納俊輔、迫鉄平、上田良によるユニット「THE COPY TRAVELERS」は、会場中心部にある2階建ての巨大な建物の中央にインスタレーション《旅するOctagon》を展示。古本から切り出された風景や印刷物、オブジェなど、バラバラな文脈のものがコラージュされ、新しい風景を生み出している。

展示風景より、THE COPY TRAVELERS《旅するOctagon》(2025)

 ロッテルダムを拠点に活動するサンデル・クースはAIを使った興味深い作品を見せる。祖父母のアルバムから、祖父が第二次世界大戦中にインドネシアで生まれたことを知った作家は、1940〜90年代のアルバムをもとに、AIによって自らの家族の歴史を拡張させた。木製パネルに印刷された《POST》に映るのはすべて架空のものであり、デジタル時代における記憶のあり方を問いかける。

展示風景より、サンデル・クース《POST》(2023-24)

 2015年に原発事故から29年を迎えたウクライナ・チェルノブイリを訪れた小原一真。本展では、そこで譲り受けた被爆したフィルムを使い、母胎の中で被曝した女性や廃墟などを撮影した「Exposure」シリーズを中心に、戦前のウクライナで撮影した日常のスナップ、現在の戦時下のアーカイブ写真を用いた写真集などで構成。アクリル板に写された儚い像は、薄れゆく負の歴史に対する記憶を可視化させるとともに、見るものの想像力を喚起させる。

展示風景より、小原一真の作品群

 富安隼久は、ライプツィヒの動物園で見たサイの動きをとらえた8点からなる《♾️》を展示する。動物園でサイを観察していた富安は、柵の中でサイが歩くルートが「♾️」あるいは「8まの字」の形となっていることに気づいたという。その理由は不明だが、富安はその歩みを8枚の写真にとどめた。木製ケースに納めた見せ方も秀逸だ。

展示風景より、富安隼久《♾️》(2018)

 スティーブン・ギルが屋外で見せるのは4つのシリーズ。なかでも、《Best Before End》は興味深い。これはネガフィルムを部分的に現像し、イーストロンドンで購入したエナジードリンクに浸して撮影したもの。現代都市生活の過剰さやスピードへの批判的な眼差しが、毒々しさを伴い表出している。

展示風景より、スティーブン・ギルの作品群

 Photoshopの「指先ツール」を使い、写真の色彩を引き延ばしたり混ぜ合わせることで「編集行為そのもの」を前景化させてきた小林健太。本展に並ぶ《Reflections》もその延長にあるものだ。

展示風景より、小林健太《Reflections》(2022)

 強迫性障害であることを開示している松井祐生(関川卓哉)。あるとき、自身が見せた挙動不審な様子を面白がってくれた友人がいたことから、初めて社会に存在していることを実感したという。こうした体験から、謎めいていながらも可愛がられているパンダにシンパシーを覚えた作家。スマートフォンにある自分の記録にパンダに貼り付け合成することで、新たな自画像を具現化させた。

展示風景より、松井祐生(関川卓哉)《私がパンダになりたいと願うための自画像》(2024-25)

 南米を拠点に女性の置かれる環境や複雑性などをテーマに写真を制作しているルイーザ・ドアは、2つのシリーズをダイナミックに見せる。《The Flying Cholitas》は、ボリビアの先住民の血を引く女性たち「チョリータ」をテーマにしたもの。伝統的な衣装をまとったチョリータたちが日曜日のレスリングで観客を沸かせる姿をとらえた写真は、市民権を求めて闘ってきた女性たちの歴史を伝える。

展示風景より、ルイーザ・ドア《The Flying Cholitas》(2019)

 いっぽうの《Imilla》は、ボリビアの山岳地帯で受け継がれてきた「ポジェラ」と呼ばれるスカートを纏う女性スケーター集団「イミージャスケート」をとらえたもの。このポジェラはスペインによる植民地時代に始まったもので、長らく差別の対象とされてきた。しかしそれは「イミージャスケート」のイメージを通してレジスタンス、そしてエンパワーメントの象徴となっている。

展示風景より、ルイーザ・ドア《Imilla》(2021)

 今年はMMoPから少し離れた場所にも会場が拡大。JAの直売所で作品を展示するのは、日本画と版画を学んだ経験を活かして写真を制作する石場文子だ。「錯視」に興味を抱いていたという石場は、被写体そのものに輪郭線を施して撮影することで、二次元と三次元の間の揺らぎをもたらす。場所とのマッチングも見事だ。

展示風景より、石場文子《untitled(デコポン)》(2025)、《2と3のあいだ [静物]緑》(2020)

 このほか本展では、株式会社アマナが2011年にスタートさせた企業コレクション「amana collection」の展示も見ることができる。主に1980年代以降の日本写真で構成された同コレクションには、日本を代表する写真家たちの作品が含まれており、本展では969点のコレクションから約200点を一堂に展示。「日常」「時間」「変容」「色彩」「多様な表現」の5つの要素で、日本の写真シーンを概観できる。

amana collection展より
amana collection展より
amana collection展より