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2025.10.9

「アンチ・アクション 彼女たち、それぞれの応答と挑戦」(豊田市美術館)開幕レポート。歴史から姿を消した女性作家らの挑戦の軌跡

愛知県の豊田市美術館で、「アンチ・アクション 彼女たち、それぞれの応答と挑戦」が開幕した。会期は10月4日〜11月30日。

文・撮影=大橋ひな子(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示風景より
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 愛知県の豊田市美術館で、1950〜60 年代の日本の女性美術家の活動に焦点を当てた「アンチ・アクション 彼女たち、それぞれの応答と挑戦」が開幕した。担当学芸員は千葉真智子(豊田市美術館学芸員)。会期は10月4日〜11月30日。なお本展は、東京国立近代美術館(12月16日〜2026年2月8日)、兵庫県立美術館(2026年2月28日〜5月6日)を巡回する予定だ。

 本展は、中嶋泉による著書『アンチ・アクション─日本戦後絵画と女性画家』(2019、ブリュッケ)で示された視点をもとに、日本の近現代美術史を新たな観点からとらえ直そうとするもの。第二次世界大戦後の1950〜60年代にかけて、欧米を中心に興隆した「アンフォルメル(非定形)」や「アクション・ペインティング」が一世を風靡し、数々の女性作家が登場した。しかしこれら、とくに「アクション・ペインティング」の芸術動向を特徴づける豪快さや力強さといった、男性性と親密な「アクション」が評価の中心になることで、女性作家が歴史から見落とされてしまった。

 この経緯を踏まえ、「アクション」に対する女性作家たちの批評的な立場や意識を、中嶋は「アンチ・アクション」と名付けた。本展では、この概念にもとづき、本書で紹介される4名(*)のほか、新たに10名を加えた合計14名の女性作家によるおよそ120点の作品を通して、彼女たちの時代における応答と挑戦の軌跡を展覧するものとなる。

 参加作家は、赤穴桂子、芥川(間所)紗織、榎本和子、江見絹子、草間彌生、白髪富士子、多田美波、田中敦子、田中田鶴子、田部光子、福島秀子、宮脇愛子、毛利眞美、山崎つる子。

*──2019年の初版の際には、草間、田中、福島の3名が紹介され、今回の増補改訂版の出版に際し、新たに多田が加えられた4名が紹介された

 同館における本展は2つの会場から構成される。1つ目の会場は、「始まりと終わりの部屋」と題されており、本展の最初と最後に見てほしいという企画側の意図が込められている。この会場は、本展の趣旨および出品作家に関わる事象をまとめた年表からはじまっており、そこには当時の批評の動向も記載されている。女性作家が歴史から抜け落ちた背景には、当時の批評の動きが密接に関わっているからだ。

展示風景より、「アンチ・アクション」年表

 会場には、14名の作家の作品がひとり1点ずつ紹介されている。これから紹介される作家とその作品傾向をおおまかにつかむことができる構成だ。

展示風景より
展示風景より

 またユニークな取り組みとして、会場内に置かれたZINEについても取り上げたい。本企画を手がけた、江上ゆか(兵庫県立美術館学芸員)、千葉真智子(豊田市美術館学芸員)、中嶋泉(大阪大学大学院人文学研究科准教授)、成相肇(東京国立近代美術館主任研究員)によって書かれた、全14章の「アンチ・アクション」に関するテキストが並べられている。来場者は無料で持ち帰ることも可能だ。

展示風景より、会場に置かれているZINE

 2つ目の会場では、いよいよ各作家の作品が紹介される。ここで本展の特徴のひとつとして、章立てされていない点があげられる。天井が高い大きな会場には、部屋を区切るものも順路もない。その背景には、誰かを特別視して紹介することや、作家同士をグルーピングすることはせず、あくまでフラットに14名の作家を紹介したいという意向があるという。

展示風景より

 代わりに各作家の相関図が用意されている。様々なトピックにあわせてそれぞれが結びつけられた相関図には、各作家を理解するためのヒントが隠されている。

展示風景より、アンチ・アクション相関図

 会場で紹介される作品の一部を紹介する。まず入ってすぐのところに展覧されるのは、芥川(間所)紗織の作品。愛知県出身の芥川は人体をモチーフにした作品を経て、抽象的な作品を手がけている。

展示風景より、芥川(間所)紗織作品

 その向かい側で紹介されるのは、毛利眞美。半抽象的な作品を制作したのち、より抽象的な作風へと展開していく。芥川同様人体を描いているが、作家によってその表現方法は大きく異なることが、比較することで見えてくる。

展示風景より、毛利眞美の作品

 実験工房のメンバーであった福島秀子のペインティングも紹介されている。アンフォルメルを推進した批評家であるミシェル・タピエが評価した作家でもある福島の作品には、瓶や缶など身近なものを使った円型がいくつも押されている。こうしたスタンプ的な制作方法によって、「間接的に」自分の痕跡を残すことを試みた。

展示風景より、福島秀子《ささげもの》(1957)

 今回使われている「アンチ・アクション」という言葉の「アンチ」という表現は、決して「対抗する/反対する」という意味ではなく、「アクション」とは別のやり方という意味を表す。このことより、福島の作品からうかがえる「間接的に」痕跡を残すという行為は、まさに「アンチ・アクション」だと言えるだろう。

 「間接的な行為」という点では、多田美波も同じ考えを持ったひとりと言えよう。アルミを叩いてバーナーで焼くなどといった手法により造形を行った多田は、直接的な自分の痕跡を残すことを避けていた。

展示風景より、多田美波の作品

 福島に向かい合うかたちで紹介される榎本和子は、じつは生前福島と仲が良かった作家でもある。同時代を生きたということだけでなく、実際に交流があった2人は、晩年までその関係を続けていた。そんな2人の作品を向き合わせる粋な展示構成となっており、その先には、戦前から作家として活躍をつづけた田中田鶴子の作品も紹介されている。

展示風景より、榎本和子の作品
展示風景より、田中田鶴子の作品

 吸い込まれそうな虚空を画面上に展開する赤穴桂子は、様々な素材や手法を用い、画面上で数々の挑戦を試みた。本展の準備段階で発見された未発表の作品も展覧されている。発表をしなかった時期に作家が何をし、それらがどんな意味をもったかという点についても考えてみたい。その近くには、過去に自身が作品に使用した絵の具を別の作品に再度利用するという面白い制作方法を用いた江見絹子の作品も並ぶ。

展示風景より、赤穴桂子の作品

 キャンバスの上に割ったガラスを貼り付け、さらにその上から和紙を重ねるといったエネルギッシュな作品を制作したのは白髪富士子。具体美術協会のメンバーとして有名な白髪一雄のパートナーでもある富士子は、クールな印象のなかにも力強さを感じられる作品を制作している。

展示風景より、白髪富士子《作品No.1》(1961)

 九州派の主要メンバーであった田部光子もエネルギにーに満ちた作家だ。襖に多数のピンポン玉の半球を貼り付けた作品には、口紅の跡を見つけることができる。田部自身はフェミニストの立場を掲げたわけではないが、しばしばユーモアと大胆さをもって女性性を作品に取り入れた。田部の作品に女性性の一部を見出すことで、むしろ、本展は「女性作家」を取り上げた展覧会でありながら、「女性性」を感じさせる機会が少ないことに気づく。

展示風景より、田部光子の作品

 草間彌生も本展の参加作家のひとりだ。本展の興味深いところとして、草間作品が会場の空気感に溶け込んでいるように感じる点について言及したい。この状況は、鮮烈な印象を与える力強い草間作品を空間に馴染ませるだけの力が、この時代を生き抜いたほかの作家たちの作品に備わっていることの表れではないだろうか。草間もまたこの激動の時代を駆け抜けたパワフルな作家であることは言うまでもない。

展示風景より、草間彌生《チェア》(1965)©YAYOI KUSAMA(画像転載不可)

 具体美術協会のメンバーとして知られる田中敦子の《地獄門》は、本展出品作のなかで最大級である。《電気服》で有名な田中だが、その後のペインティング作品も印象深い。反復的な円とそれらを結ぶ無数の線により、見えないネットワークが造形化されている。さらに塗料で描くといった新しい素材を使うことにも積極的に取り組んだ。同じく具体美術協会のメンバーであった山崎つる子は、都市化する煌びやかで猥雑な社会を画面に反映しているようだ。本展では光を用いた立体的な作品も展開されている。

展示風景より、田中敦子《地獄門》(1965-69)
展示風景より、山崎つる子《作品》(1957/2001)

 宮脇愛子は、作品が存在する環境も含めてひとつの作品と考える。会場で紹介される《作品》(1967)は、作品をのぞいた先にある世界そのもの、それを介して知覚される現象自体を作品ととらえる。会場ではぜひ作品をのぞきながら宮脇の作品に参加してほしい。

展示風景より、宮脇愛子《作品》(1967)

 『アンチ・アクション─日本戦後絵画と女性画家』の著者である中嶋は、本展の開催に際して次のように語る。「どの作品も、作品そのものに強さがある。女性作家を紹介する展覧会ではあるが、『女性性』に着目するのではなく、各作家が様々な表現に挑戦し生まれた作品そのものの力を感じて欲しい」。

 戦後の批評の動向も相まって、歴史から見落とされてしまっていた女性作家たち。その作品をいざ目の前にすると、どれも等しく強烈なパワーを持っていることがわかる。今このタイミングだからこそ、改めて彼女らの作品を正面から見直す機会としたい。