2025.11.6

月明かりの下で体験する「養⽼天命反転中!Living Body Museum in Yoro」。大巻伸嗣、evala、Neon Danceがコラボ

荒川修作+マドリン・ギンズによる代表作であり、広大なテーマパーク「養⽼天命反転地」。ここで「養⽼天命反転中!Living Body Museum in Yoro」が開催中だ。

文・撮影=灰咲光那

養老天命反転地記念館・養老天命反転地オフィスにて、evala《perennial》
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開園30周年記念「Living Body Museum in Yoro」

 世界的に活躍したアーティスト荒川修作とそのパートナーで詩人のマドリン・ギンズの30数年以上に及ぶ構想を実現したテーマパーク、養老天命反転地。1995年に開園以来、年間約10万人が訪れている人気スポットが、開園30周年を記念した特別イベント「養老天命反転中!Living Body Museum in Yoro」を10月25日から11月17日まで開催している。

 参加作家は、これまでにも荒川+ギンズの世界を舞台化して来たダンスカンパニーNeon Dance、音の魔術師と呼ばれるevala、国内外で精力的に活躍を続ける大巻伸嗣。イベント期間中はevalaと大巻伸嗣の大規模インスタレーションが展示されるとともに、11月1日〜3日には全参加アーティストによる特別公演「Living Body Museum in Yoro」が開催。ここでは、閉園後の養老天命反転地にて月明かりの下で行われた夜間のプレミア公演「Living Body Museum in Yoro (night version) 」の様子をレポートする。

楕円形のフィールドにて、中央は大巻伸嗣《A Continuum: Ladder》

身体感覚を混乱させる仕掛け

 約1万8000平米におよぶ広大な敷地には、水平・垂直な線が極力排除され、人工的な地平線が数多く配置されている。至る所に仕掛けられた平衡感覚や遠近感を混乱させる装置により、誰もが身体を使いバランスを取りながら、身体の持つ可能性を発見していくことになる。

 養老天命反転地は主に、カラフルな「養老天命反転地記念館・養老天命反転地オフィス」、メインパビリオン「極限で似るものの家」、そして「楕円形のフィールド」の3つの部分から構成されている。敷地内には荒川とギンズが選んだ24種の薬草が栽培され、四季の変化を楽しむことができる。30年が経ったいま、植樹された樹木は大きく成長し、テーマパークが徐々に自然と一体化している印象を受ける。しかし、ここはやはりただの公園ではない。死なないための方法を学ぶ練習場そのものなのだ。

極限で似るものの家

避けられない宿命への挑戦

 「死とは時代遅れである」と宣言していた荒川。彼が芸術家ではなく、死という宿命に立ち向かう革命家であった背景には、幼少期の象徴的な体験がある。荒川が5歳のときに太平洋戦争が始まると、翌年から生まれ育った名古屋市とその周辺は激しい空襲にさらされた。戦災犠牲者の遺体を見かけることが日常となり、死が身近な現実として幼い荒川の前に立ちはだかっていた。

 もうひとつは、10代半ばの肺結核誤診の経験である。レントゲン写真を見た医師から肺に穴が開いていると告げられ、余命半年と診断された。ところが数ヶ月後、別の医師はその診断を笑いながら否定した。避けられない運命が一瞬にして覆った瞬間だった。

 「天命」とはそうした避けられない死への定めを指す。それを「反転」させるとは、「死なない」という選択肢を創出することになる。養老天命反転地において荒川とギンズは、平衡感覚や遠近感を意図的に惑わせる体験を通じて、訪問者が固定化された身体感覚から解放され、人間として拡張された生を獲得することを目指したのである。

養老天命反転地記念館・養老天命反転地オフィス

現代アーティストが解釈する「余命反転」

 会場に足を踏み入れ、観客がまず向かったのは、evalaによるサウンドインスタレーション《perennial》が設置された養老天命反転地オフィスだ。十二単の羽衣を思わせる色彩豊かな建物の内部は、繊細なサウンドに包まれている。24色の外壁色がすべて内部にも反映された不規則な空間で、光とサウンドが複雑に絡み合い、視覚と聴覚の境界が曖昧になっていく。

evala《perennial》の展示風景

 一見、床が同じレベルに見えるが、実際はそうではない。渦巻く迷路を辿ると、人が隠れるほどの段差があることに気づかされる。《perennial》は、荒川とギンズが追求した知覚の撹乱を、より繊細かつ詩的な次元で表現している。空間に響き渡る音響は、建物の複雑さと共鳴し、観客の身体感覚をさらに混乱へと導いていく。

 Neon Danceによるパフォーマンスもここからスタート。突然会場に現れたダンサーたちは、カオティックで唐突な動きを始める。時に壁に隠れ、その上に登り、観客の間をすり抜けていく。その予測不可能な動きは、この空間の持つ非日常性をさらに増幅させていた。そして最後、観客は「案内人」となったダンサーに招かれ、大巻伸嗣の作品が待つ「楕円形のフィールド」へ誘導される。

Neon Danceによるパフォーマンス

 地上に降りた太陽

 大巻は今回、天命反転の思想を基盤としたふたつの作品を発表。なかでも注目すべきは、「人工太陽」のような《A Continuum: Ladder》である。これは空にある太陽が地上に降りてきたかのような「もうひとつの太陽」を創造し、天体と地上、そして人間を結びつける試みだ。照明がすべて落とされ、月光に照らされた会場において輝く太陽は幻想的な美しさを放っていた。

大巻伸嗣《A Continuum: Ladder》の展示風景

 荒川自身も人工太陽の制作を構想していたが、実現しなかったという。そのため《A Continuum: Ladder》は、荒川が挑戦できなかったヴィジョンを現代において具現化する意義も持っている。強い光を放つ作品に近づくと、DNAの二重螺旋構造が浮かび上がってくる。これは、ミクロな単細胞生物から細胞、そして宇宙的な存在である太陽へと進化する生命の過程を象徴している。

大巻伸嗣《A Continuum: Ladder》の展示風景

 さらに会場のあらゆる場所に、ミラーバルーンの形をした《A Continuum: Dialogue》も設置されている。それぞれのミラーバルーンが周囲の自然を反射し、視覚的な「反転」を生み出していく。こうして空間全体が太陽系へと変貌し、来場者は「ここが宇宙になる」という稀有な体験を味わうことができる。パフォーマンスは太陽の消灯とともに終幕を迎え、観客は広がる星空と岐阜の山々を前にして、自然そしてこの地球の存在を改めて実感することになった。

大巻伸嗣《A Continuum: Dialogue》の展示風景

 養老天命反転地の30年間が育んだ思想と空間に、現代アーティストたちの新たな解釈が重なり合った今回の特別展。荒川修作が追求した「死なない」という壮大な実験は、次の世代へと確実に受け継がれていることを示していた。evalaと大巻伸嗣による展示は11月17日まで楽しめる。また11⽉15⽇、16⽇には、IAMASで教鞭をとる⾚松正⾏を招いてクリティカル・サイクリングのワークショップ「バランスからだ⾃転⾞」も開催される。30周年を迎えた養老天命反転地をぜひこの機会に訪れてほしい。

大巻伸嗣《A Continuum: Ladder》の展示風景

参考文献
塚原史『荒川修作の軌跡と奇跡』( NTT出版、 2009)
「荒川修作不死への挑戦(上)『死は時代遅れ』という宣戦布告」(日本経済新聞、 2025年10月12日)