2025.11.20

「藝大取手コレクション展 2025」(東京藝術大学大学美術館 取手館)レポート。取手の藝大美術館が再始動。地域に開かれたコレクション展

東京藝術大学大学美術館 取手館で、取手収蔵棟竣工記念・取手館開館30周年記念「藝大取手コレクション展 2025」が11月30日まで開催中。再び地域に開かれ始めた取手館における展覧会の様子をレポートする。

文・撮影=三澤麦(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示風景より、「卒業・修了制作:学びの集大成」
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 東京藝術大学大学美術館 取手館で、取手収蔵棟竣工記念・取手館開館30周年記念「藝大取手コレクション展 2025」が11月30日まで開催されている。

 東京藝術大学大学美術館 取手館は昨年、開館30周年を迎えた。また、同年には、学生制作品を収蔵する新たな拠点として取手収蔵棟が竣工。取手館および取手収蔵棟には、明治期から現代に至るまでの本学学生による作品を中心に、約1万3000件に及ぶ収蔵品が保管されている。そのなかには、教育用として収集されたデッサン用石膏像や、古墳時代の埴輪なども含まれている。

 本展では、「自画像:1925→2025」「卒業・修了制作:学びの集大成」「過去に学ぶ:未来へ繋ぐ教育資料」の3つのセクションで、この取手に収蔵される作品・資料49点を展示。収蔵品の魅力と、その背景にある東京藝術大学(以下、藝大)の教育と創作の歴史を紹介している。

手前は、東京藝術大学大学美術館 外観。手前が取手収蔵棟、奥が取手館
撮影=編集部

 藝大での学びの特徴のひとつに、卒業制作の一環として描かれる自画像がある。取手館および取手収蔵棟には、この自画像が収蔵され始めた1898年頃から、現在に至るまでの卒業生の自画像が約7000件も収められている。

 ひとつ目のセクション「自画像:1925→2025」では、この自画像を1925年、1975年、1993年(取手キャンパス開校後初の卒業年)、2025年といった4つの時代に分けて展示。100年間の変遷を俯瞰できる構成となっており、フォーマットや表現方法に時代性がはっきりと表れている点も興味深い。

展示風景より、「自画像:1925→2025」。来館する周辺地域の人々にもわかりやすいよう、すべての作品に解説がつけられている点からも、本展への意気込みが感じられる
展示風景より。1994年に竣工した取手館が、のちに増設される予定であったこともこの模型から読み取れる

 藝大のもうひとつの特徴として、優れた成績を収めた学生の卒業・修了制作を大学が「買い上げる」制度が挙げられる。これらの「買上作品」や、本学美術研究科博士課程の大学院生を対象とし、とくに優秀な作品へ贈られる公益財団法人 野村財団の「野村美術賞」を受賞した「野村美術賞受賞作品」も、取手館に収蔵されている。

 ふたつ目のセクション「卒業・修了制作:学びの集大成」では、日本画、油画、彫刻、工芸、デザイン、先端芸術表現、GAP(Global Art Practice)といった各専攻の買上および野村美術賞受賞作品を紹介。作品のクオリティはもちろん、研究成果や独創的な発明など、多角的な視点から鑑賞でき、学生が時代の空気を受けながら多様な表現に挑戦してきた軌跡が見て取れる。

展示風景より、「卒業・修了制作:学びの集大成」。左壁面手前には千住博の修了制作《回帰の街》(1984)のほか、左壁面中央には2024年度の卒業制作として、生成AIで出力したイメージを再構成し、自身で描き直した會見明也による《残像偶像no.3[境界面上において変わりゆく自他について]》(2024)も展示される
展示風景より、髙橋賢悟《origin as the flower funeral》(2022)。本作は「極薄鋳造物の製造方法」として、その製法から発明された作品であり、特許を取得した例として展示されている
展示風景より、小瀬村真美《薇-sweet scent-》(2003)。映像作品も様々なメディアで保管されている

 藝大では、開学当初から学生教育に資するための芸術資料が収集されてきた。これらの資料は取手館のみならず外部倉庫でも保管されてきたが、昨年の取手収蔵棟の竣工により十分なスペースが確保され、整理・研究が進んだことで今回の展示が実現したという。

 最終セクション「過去に学ぶ:未来へ繋ぐ教育資料」では、藝大の教育を支えてきた貴重な資料が公開されている。いずれも教育目的で収集されたため、一般に目に触れる機会はほとんどない。藝大で学ぶ学生の高い基礎力は、こうした先人たちが守り築いてきた資料の蓄積によって育まれてきたのだと実感させられる。

展示風景より、「過去に学ぶ:未来へ繋ぐ教育資料」
展示風景より、「過去に学ぶ:未来へ繋ぐ教育資料」。手前の埴輪は藝大で日本画の教授も務めた前田青邨が所蔵していたもの。奥にはデッサンで使用される石膏像や、本邦初の国内産オルガンも紹介される
展示風景より、《伝 岡倉天心使用の椅子》

 取手館および取手キャンパスは開館30周年を契機に、新たなフェーズに入りつつある。28年ぶりとなるコレクション展に加え、収蔵棟では“魅せる収蔵庫”としてスタッフによるガイドツアーも定期的に実施されており、キャンパス全体として積極的に地域との接点をつくり、街に開かれた取り組みが進められているようだ。

 さらに、同キャンパスは今年、実業家である故・安田容昌氏から10億円の寄付を受け、「東京藝術大学取手キャンパス 安田容昌・安田祥子基金」が設置された。寄付金は、施設設備の再整備や、キャンパスと周辺地域が一体となって活性化する環境づくり、さらに芸術文化の新たな創造拠点としての発展に活用される予定だという。今後、藝大取手キャンパスはこれまで以上に地域に開かれた拠点として、新たな価値を創出していくことが期待されている。