2025.11.29

尾道に佇む小さな宿。街に優しいあかりを灯す「LOG」の魅力とは

広島・尾道の千光寺山中腹にあるアパートメントを改修した「LOG」。尾道の街を見渡すことのできる小さな宿の様子をレポートする。

文・撮影=大橋ひな子(ウェブ版「美術手帳」編集部)

ライブラリーの様子
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 坂道が多いことでも知られる広島県尾道市。そんな市内にある標高約140メートルの千光寺山の中腹に、小さな宿がある。「LOG」と名づけられたその宿は、昭和38年に先進的な山の手のアパートメントとして誕生した「新道アパート」が前身となっている。歴史や文化の面影が色濃く残る山の手に構えたアパートメントは、2018年12月に「LOG」という全6室の客室を備えた宿として生まれ変わった。

 改修を手がけたのはインド西海岸の都市ムンバイを拠点に活動するスタジオ・ムンバイ。「LOG」は、ビジョイ・ジェイン率いるスタジオ・ムンバイがインド国外で初めて取り組む建築プロジェクトであった。ビジョイの建築の特徴は、自然素材や伝統的な技術を重視し、熟練の職人とともに手作業による試行錯誤を重ねて進める点である。LOGでは、この「人の手の力」を取り入れることを大事にすることで、尾道の歴史や文化、自然、景観と調和のとれた空間づくりを実現した。

 LOGとスタジオ・ムンバイが出会ったのは、LOGを運営する株式会社せとうちクルーズが、尾道の街における建築や場所のあり方を模索していた最中だった。そんな折、ビジョイの建築に対する思想や哲学を知る機会があり、直接話を聞きに行ったことが協働のきっかけとなった。

LOGの入り口の様子
LOGの外観

  LOGは3階建てとなっている。改修はしているものの、元となったアパートメントの面影を感じる部分もある。1階には、宿のレセプションを兼ねたショップがあり、プロジェクトを通して開発されたものやLOGで使用されている尾道の特産を使用した食料品、衣類、雑貨、LOGのためにデザインされたスタジオ・ムンバイ制作の家具などを購入することができる。

ショップの様子

 同じく1階にはダイニングが備わっている。LOGでは、衣食住において「循環すること」と「地のものを再発見すること」を重視しており、地域の畑や海から採れる四季折々の食材を使った料理を堪能することができる。ダイニングでは朝食(宿泊者のみ、7:30〜10:00)とディナー(18:00〜22:00)が提供されており、細川亜衣によって監修された料理の数々は、瀬戸内を味覚から堪能することができる。

 こだわりの食器が使われる点も食事の時間を豊かにするための工夫だが、必ずしも地元の食器や食材だけを使うわけではないという点が興味深い。地元に限らず、LOGにあうと感じたものを選ぶという姿勢を一貫させている。なかには、LOGをよく知るアーティストが、LOGのためにつくった食器を採用することもあり、世界観をつくり手とともに築いていく姿勢も見受けられる。

ダイニングの様子
ダイニングで提供される細川亜衣監修の朝食。季節の果物はみかん、スープには蕪とラディッシュが使われている

 2階には、宿泊者以外も利用できるカフェ&バー アトモスフィアがある。ここでは、夕方まで(11:00〜17:00)軽食やドリンクなどのカフェメニューが展開されている。スタジオ・ムンバイでの「休憩時間にチャイを飲む」という行為に着想を得たLOGオリジナルのチャイも堪能することができる。なお夕方からは宿泊者のみの利用となっており、音楽とともに国産ワインなどを楽しむこともできる。

カフェ&バー アトモスフィアの様子
カフェ&バー アトモスフィアの様子
カフェ&バー アトモスフィアのテラス席の様子。人気のレモンケーキとLOGオリジナルドリンクのチャイ

 同じく2階にあるギャラリーでは、LOGができるまでのプロジェクトの軌跡が展示されている。素材サンプルや図面、イラストを用いながら、スタジオ・ムンバイと5年間かけてつくりあげてきた過程を知ることができる。LOGの特徴のひとつに、施設内に印象的に用いられる「色」が挙げられるが、これはロンドンを拠点に活動するカラーアーティストのムイネル・ケイト・ディニーンとの試行錯誤によるものだ。ビジョイの手がける建築プロジェクトで色彩を任されているムイネル・ケイト・ディニーンは、LOGのために114のカラーレシピを制作した。

ギャラリーの様子
ギャラリーに展示されている「色」の見本

 全6室の客室は、最上階である3階に設けられている。ビジョイの「be gentle(優しくあれ)」という言葉にならい、これらの客室の床、壁、天井には和紙が張られ、繭に優しく包み込まれるようなイメージをつくりあげている。和紙を使った内装を担当したのは和紙職人のハタノワタル。2007年に京もの認定工芸誌に認定されたハタノは、京都・綾部の黒谷和紙を用いた作品も制作している。和紙を通して窓から届く光は柔らかく、静かで平穏な時間が空間内に流れるようだ。

 客室は3つのタイプに分かれており、それぞれ内装が少しずつ異なる。「1ベットルーム」と言われる客室は館内に3部屋あり、土間、浴室空間、寝室空間、窓辺の縁側空間に文節され、部屋の中央にベットスペースが設けられている。そのほか、ベットスペースを障子で区切ることのできる「2ベットルーム」、ハタノとともに「ちぎり貼り」で仕上げられた「4ベッドルーム」が備わっており、部屋での過ごし方や人数によって部屋のタイプを選ぶことが可能だ。なお全室に縁側が設けられているのも特徴である。

客室(「1ベットルーム」)の様子
客室(「1ベットルーム」)の様子。壁面にかかる平面作品は和紙職人・ハタノワタル作、台に置かれた立体作品は器作家・広瀬陽作。

 同じく3階には、宿泊者限定で利用できるライブラリーがある。ここはスタジオ·ムンバイにある、ビジョイの書斎をイメージした空間だ。ムイネル・ケイト・ディニーンと繰り返し行われた検証の末、窓の外に見える庭の木々に近いグリーンが壁の色として選ばれている。また客室とライブラリーの窓にも注目したい。窓がすりガラスになっているのは、宿泊者のみが入れる3階だけとなっているが、窓の外の景色を、まるでクロード・モネの印象画のようにも楽しんでほしい、という意図が込められている。

ライブラリーの様子

 LOGの「G(Garden)」を表す庭は、誰でも自由に入ることができる。四季折々の植物だけでなく、電車の音や、坂をのぼる人々の話し声など、尾道の日常の気配が感じられる空間だ。

 LOGの支配人・小林紀子は、LOGをアート、建築、食、音楽など様々な分野を横断するような存在だという。良い意味で明確な定義ができないこの場所には、ビジョイによる、人々の「ヒーリング(癒し)」となるような場所であってほしいという願いが込められている。そのためには、関わる人皆で「お世話をする」ように向きあうことが必要だという。短い時間でも庭に関わるようにしているという小林の姿勢からも、その想いが感じられる。

 LOGは尾道の自然や景観に溶け込むように在ることを大事にしており、そのために起こる経年変化をポジティブに受け入れている。小林は次のように語る。「時間が経てば経つほど、LOGは魅力的な場所になっていくはず。足を運ぶたびに発見があり、街に関わる人々が喜びを感じられる、まるでランタンのあかりのような場所となることを目指していきたいです」。

 なおLOGは、今年はじめて開催された「ひろしま国際建築祭2025」の会場のひとつとなった。建築やアートで盛り上がりを見せる、ここ瀬戸内エリアの魅力を存分に感じられる場所でもあるだろう。

 穏やかに時間が流れる尾道で、日々の小さな出来事や自身の心の機微に耳を傾ける贅沢で貴重な時間を、LOGで過ごしてみてはいかがだろうか。