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2024.12.16

ストリートアート史からみたSIDE CORE展。川上幸之介評「SIDE CORE展 コンクリート・プラネット」

公共空間や路上を舞台としたアートプロジェクトを展開するアートチーム、SIDE CORE。かれらの東京では初となる大きな個展が東京・外苑前のワタリウム美術館で開催された。SIDE COREがテーマにする、都市、グラフィティ、ストリートアート、現代アートとその関係を見直しながら、『パンクの系譜学』の著者・川上幸之介が本展の意義に迫る。

文=川上幸之介

「SIDE CORE展 コンクリート・プラネット」より。右奥が《コンピューターとブルドーザーの為の時間》(2024)
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ストリートアート史からみたSIDE CORE展

 SIDE COREは、本展の作家プロフィールによると、2012 年より活動を開始し、メンバーは高須咲恵、松下徹、西広太志。また映像ディレクターとして播本和宜が参加。彼らの問題意識は「公共空間におけるルールを紐解き、思考の転換、隙間への介入、表現やアクションの拡張」へ向けられていて、表現の場は屋内からストリートへも広がり、「都市空間における表現の拡張」をテーマとしている。近年ではゲリラ的に作品を街に点在させたり、建築や壁画、グラフィティを巡る「MIDNIGHT WALK tour」を企画するなどマルチに活動を展開してきた。

 本稿ではワタリウム美術館で開催されたSIDE COREの個展「コンクリート・プラネット」について、彼らが言及する都市、ストリートアート、グラフィティ、現代アートについて、それらの関係を簡単に振り返りつつ考えてみたい。

「SIDE CORE展 コンクリート・プラネット」より。陶の立体とペインティングが並ぶ Photo by Ryusuke Ohno

都市

 都市とグラフィティの関係を哲学的に考察したジャン・ボードリヤールは都市を「中性化され、均質化された、無関心の支配する空間であると同時にゲットーによる増大する差別を産み出し、ある種の地区や人種や年齢層を特殊化する空間、差異表示記号によってバラバラに分割された空間」(*2)と定義する。そして都市は人々を選別し、閉じ込め、経済システムそのもののイメージにあわせて水平、垂直方向に拡大するが、つねに3つ目の方向である投資=包囲の前で無効化されてしまう空間だと指摘する。住環境、交通、労働、余暇、遊び、文化等々が、基盤の目のように区画整理された均質な空間にばらまかれ、人種的規定に基づき、ゲットーという空間に囲い込まれる場だというのである。それらは記号とメディアとコードのつくり出す多角形をしている。これに対して戦いを挑むことが政治的に重要だと説き、その例としてグラフィティを挙げる。

ストリートアート

 ストリートアート、グラフィティが指す実践は曖昧で流動的であるため、定義づけがしにくいとされており、もし定義づけをするなら、新しい用語や言説が必要だとこれまで多くの論者に指摘されてきた(*3)。しかしストリートアートのルーツとして言及されているのは、「1960年代後半のフィラデルフィアのストリートやニューヨークの地下鉄にルーツを持つ、特定のタイプの落書き」(*4)である。この背景には黒人、プエルトリコ人といった人種問題があり、グラフィテイは「白人の都市への侵略」と考えられていた(*5)。

 ストリートアートとグラフィティはやがてアメリカ全土、さらには世界的に広がり「都市の民俗芸術の一形態として確立」(*6)し、新しいスタイルも生み出していった。そのプロセスのなかで現代アートにも取り込まれていく。

 いっぽうで、アメリカやほかの国々では、ストリートアートとグラフィティを都市の暴力や衰退の印と特徴づけ、禁止法を施行するための大々的なキャンペーンを開始した。犯罪学者のジェフリー・イアン・ロスは、ストリート・アートとグラフィティの発展において重要な環境をもたらしたものに新自由主義を挙げている。この新自由主義の論理によって導かれるのが「割れ窓理論」と「消費主導型都市計画」である。

「割れ窓理論」は割れた窓を放置すると、そこから犯罪が増え、次第に市民を萎縮させ、結果として都市が衰退していくという、その下降スパイラルを主張する。都市の安全を維持し経済成長を持続させるためには、人々を監視し、積極的に取り締まらなければならないというのだ。この理論によって都市の中心部には環境デザインによる犯罪防止といったかたちで監視カメラ、CCTVカメラ、追跡装置、モーションセンサー、制限された通路、公衆トイレまで組み込まれていった。

 2つの目の「消費主導型都市計画」は、民営化された都市空間によって高級でかつ排他的な消費主義と居住空間に基づく、新しい形態の都市開発が繰り返されるというものである。このように、都市では社会統制とジェントリフィケーションによる二重の抑圧構造が絡み合っている。そのためストリートアートとグラフィティは時に都市の衰退の目印にもなるが、他方では活力ある都市文化のクールな象徴として芸術的事業や商業の目的ともされる。つまり、ストリートアートやグラフィティは、都市環境に左右されるアンビバレントな状態にあるのだ。

 ストリートアートとグラフィティは、この環境に合わせて、あるときは人目につかない場所(スポット)が選ばれ、いっぽうでは世間の認知度やストリートでの人気を高めるために、人目につきやすい場所、時にはビルの屋上やビルボードなど高い場所が好まれる。

 この場については、アーティスト同士の闘争の場であるとして、いくつかの論者はシチュアシオニスト的なストリートにおける権力闘争としての抵抗のモデルは、現状にそぐわないと退けている(*7)。しかし、ストリートアートとグラフィティは、所有者が無断で表面(建物、郵便受け、ゴミ箱、道路標識、電車、街路樹など)にスプレー、ステンシル、ステッカー、ニットを被せるといった行為で制作されるため、その違法な性質(ストリートアートは違法とされない場合もある)から往々にして破壊的行為だとみなされており、ボードリヤールは「グラフィティはゲットーに境界線を引くのではなく、都市のあらゆる大通りにゲットーを持ち込み、上品ぶった白人たちの地区に侵入し、そうした市街こそが西欧的世界の真のゲットーなのだということを暴露」(*8)していると指摘する。つまり、グラフィティもストリートアートも芸術活動であると同時に政治性を持った抵抗のひとつのあり方でもあるといえよう。ストリートを自分たちの手に取り戻すという宣言自体もまた、民主化とも言い換えることが可能かもしれない。

「SIDE CORE展 コンクリート・プラネット」より。《under city(ver.2024)》(2023-24) Photo by Ryusuke Ohno

現代アートとストリートアート

 ニューヨーク、ロンドン、ベルリン、メルボルンといった欧米の都市でストリートアートを専門的に扱うギャラリーが設立されてきた(*9)。2007年以降、ストリートアートは公的な美術館や主要なアートギャラリーで存在感を示し始め、2008年にはテート・モダンが6人のストリートアーティストに依頼し、作品をファサードに描かせた。2010年にはオーストラリア国立美術館が所蔵する400点以上のストリート・アートが展示された。2011年にはロサンゼルス現代美術館で1970年代から現在までの公共空間における作品を調査した「Art in the Streets」展が開催されている(*10)。日本ではいち早く2005年に、キュレーターの窪田研二とマルチ・アーティストの能勢伊勢雄による「X-COLOR/グラフィティ in Japan」展(水戸芸術館現代美術ギャラリー)が開催された。

 このストリートアートの活況を尻目に、文化人類学者でキュレーターのラファエル・シャクターは、コマーシャライズされたストリートアートやグラフィティをネオ・ミューラリズム(ネオ壁画主義)、またはストリート・ミューラリズム(ストリート壁画主義)と呼び、ステロイドを使ってプロフェッショナル化したもので、権威や流行に順応的で、目の前で起きている社会的現実に対して完全に無感覚だと指摘する(*11)。シャクターにとって「ストリートアートとグラフィティが表現される舞台としての都市は、ギャラリーで展示するというキャリアへのルートではなく、むしろコミュニケーション、経験、実験のための空間」というのだ。つまり、本来ストリートアートは「インスティチューショナル・オートノミー(制度から自律したもの)」であり、「審査委員会のルールに従うこと、安全衛生を遵守することへの拒絶であり、画一性ではなく、自発性」「一般的な法律を凌駕する都市への関与」なのである。ストリートアートは消費されることへの抵抗や自律性を指向していたにもかかわらず、クリエイティブ・シティ(創造都市)という名のもとで、その動きや展開が都市計画政策の目的に従属させられているという指摘だ(*12)。

 続いて「新自由主義都市の規範、ビジョン、慣習に完璧に沿いながら、新しいもの、先見的なもの、型破りなものをシミュレートする。思考や批評を無効にし、美学やコンセプチュアルな進歩を無効にするスタイル。クリエイティブ・シティが望む『クールな』クリエイティブ・ハブ、『現代的な』不動産開発、『先駆的な』観光経済の氾濫を可能にするスタイル」だと喝破する(*13)。

 そのような状況のなか、ストリートアート、グラフィティ、現代アートという文脈を往来するSIDE COREは、作品を通してどのような問いを私たちに突き付けているのだろうか。

「SIDE CORE展 コンクリート・プラネット」より。向かいのビル屋上に設置された《ねずみくん》(2018) Photo by Ryusuke Ohno

コンクリート・プラネット

 SIDE COREの個展「コンクリート・プラネット」は、「視点・行動・ストーリーテリング」の3つの観点から展開されている。タイトル通り、コンクリート・プラネット=都市をテーマとしており、作品のほとんどは都市を背景に路上にある素材を取り上げ、それらを組み合わせている。陶の彫刻《柔らかい建物、硬い土》(2024)や、工事現場の素材を変形させたインスタレーション《コンピューターとブルドーザーの為の時間》(2024)、また、都市自体を抽象的に描いたペインティングやその断片を切り取ったコラージュ、普段我々が目にすることのない放水路といったインフラを3Dモデル化したものや、スケーターがそこを滑走するビデオ作品《under city(ver.2024)》(2023-2024)、外に置かれた巨大なネズミ男の彫刻、東京から福島までライブカメラに色をつけながら北上していったビデオ作品《巡礼ロードサイド》(2017)、(明らかにヤラセであることを前提とした)ポルターガイスト現象をとらえたとされるビデオ作品《empty spring》(2020)などが展示されていた。

「SIDE CORE展 コンクリート・プラネット」より。左の映像作品は《empty spring》(2020)、右の映像作品は《巡礼ロードサイド》(2017) Photo by Ryusuke Ohno

 SIDE COREの作品のコンセプトは、例えば絵画《Untitled》(2024)であれば「絵を描く、消す、消し跡をなぞる。古いビルの外壁」といった「塗り重ねられた」時間を背景に、建築、道路、配管、植物、キャラクター、文字を重ねるというプロセス自体を説明している。そして、これによって彼らは都市の変化を描こうとしているという。また《empty spring》や壁が動くトリックは、ストリートアートの都市へ悪戯的な介入をテーマとした作品だ。展覧会の全体で描かれているのは、あまり普段目にすることのない物珍しい都市の断片であり、そのところどころにテーマパーク的な遊戯性を取り入れている。

 このように「コンクリート・プラネット」で開示されるコンセプトは、都市とストリートアートそれ自体であり、社会的諸問題への言及は避けられている。事実、SIDE COREは「社会をどうにかしたいとは誰も思ってなくて、どっちかって言うと、自分の自由をどこまで拡大できるかっていう世界観」(*14)を目指している。つまりストリートアートの美学を用いて都市の問題に関与するのではなく、変化そのものを表現することで作品を脱政治化し、アート自体を目的化しているのだ。これではシャクターが指摘したようなストリートアートのコマーシャライズにも見え、スペクタクルにしてしまわないのだろうか。さらにアートワールドの論理によって更新されてきた現代アートの世界に対し、逆行しようとしているようにも見えてしまう。

「SIDE CORE展 コンクリート・プラネット」より。右壁は《東京の通り》(2024) Photo by Ryusuke Ohno

 しかし、やや強引に解釈すれば、ボードリヤールがグラフィティの力について説明したように、奥行きの深いイデオロギーは、もはや政治的記号内容のレベルではなく、なんの内容も、メッセージももたない記号表現のレベルでしか機能しない(*15)ことを示唆しているのかもしれない。またはアーティストの意向には反するものの、例えば放水路でのスケートは、従来の環境観や建築観に対する視点や、都市が均質で固定した不可逆的な存在ではないことを有機的なスケートの軌道で描くことでとらえ直していると解釈することもできるだろう。東京と福島を結ぶ作品であれば、2つの都市が断絶しているわけではなく、電力供給を担う地方と中心との不均等な関係を映し出しているようにもみえる。このような社会、政治的な観点からの解釈が許されるのであれば、本展はSIDE COREが掲げる、身近な街の風景のアップデート(*16)だけにとどまらない、都市への順応と抵抗という相反する力学を備えた魅力ある展覧会だといえよう。

「SIDE CORE展 コンクリート・プラネット」より。《unnamed road photographs》(2024)の展示 Photo by Ryusuke Ohno

*1──ワタリウム美術館「SIDE CORE展 コンクリート・プラネット」プロフィール http://www.watarium.co.jp/jp/exhibition/202408/
*2──ジャン・ボードリヤール『象徴交換と死』今村仁司・塚原史訳、ちくま学芸文庫、1992年、184頁。
*3──Konstantinos Avramidis, Myrto Tsilimpounidi, Graffiti and Street Art, Routledge, 2018, 18/310(Apple Books)
*4──Rafael Schacter, the ugly truth: Street art, graffiti and the creative city, Art & the Public Sphere Volume 3 Number 2, doi: 10.1386/aps.3.2.161_1, p.162, 2014.
*5──ジャン・ボードリヤール『象徴交換と死』今村仁司・塚原史訳、ちくま学芸文庫、1992年、200頁。
*6──Jeffrey Ian Ross, Routledge Handbook of Graffiti and Street Art, Routledge, 2016, p.30.
*7──Konstantinos Avramidis, Myrto Tsilimpounidi, Graffiti and Street Art, Routledge, 2018, 256/310 (Apple Books)
*8──ジャン・ボードリヤール、前掲、191頁。
*9──Ibid., 65/310. 
*10──Ibid., 66/310.
*11──Ibid., 129/310.
*12──Ibid.,125/310.
*13──Ibid.,130/310.
*14──「SIDE COREが語る、ストリートカルチャーと現代美術を繋げる実践」(インタビュー・テキスト=中島晴矢)『CINRA』2017年12月13日公開 https://www.cinra.net/article/interview-201712-sidecore
*15──ジャン・ボードリヤール、前掲、192〜193頁。
*16──「六本木未来会議」「No.144 SIDE COREインタビュー」(text_ikuko hyodo)2023年1月25日公開 https://6mirai.tokyo-midtown.com/interview/144_01/