EXHIBITIONS
All Yashima / Local Design Chronicle 心を豊かにするデザインをみつけよう
やしまーるで、れきみん×やしまーる連携企画、瀬戸内国際芸術祭2025 県内連携事業「くるりアートかがわ」採択事業として「All Yashima / Local Design Chronicle 心を豊かにするデザインをみつけよう」が開催されている。
戦いの地、信仰の地として歴史の舞台となってきた高松東部に位置する屋島・牟礼・庵治エリア。江戸時代に高松藩主松平頼重によって島だった屋島が地続きになるよう埋め立てが行われ、源平合戦の史跡を整備するなど、周辺寺社の参拝客に観光を促す目的があったとされている。その後、昭和初期に国立公園として制定され、電車やケーブルカーなどの交通網が整備され、県や市が誇る観光地となった。
戦後高度経済成長期は、屋島が観光で栄え、当時県知事であった金子正則により、改めて同エリアの文化資源としての源平の歴史、庵治石や工芸の技を活かすため、「芸術村構想」をもって拠点整備や人材育成が行われた。
瀬戸内国際芸術祭が開催されている今年は、源平合戦屋島の戦いから840周年を迎える節目の年となっている。これにあわせ、牟礼・庵治・屋島を豊かな場所にしてきた「ローカルデザイン」を紐解くためのオリジナル年表、写真やデザイン資料を展示し、改めて屋島エリアの魅力に迫る。
戦いの地、信仰の地として歴史の舞台となってきた高松東部に位置する屋島・牟礼・庵治エリア。江戸時代に高松藩主松平頼重によって島だった屋島が地続きになるよう埋め立てが行われ、源平合戦の史跡を整備するなど、周辺寺社の参拝客に観光を促す目的があったとされている。その後、昭和初期に国立公園として制定され、電車やケーブルカーなどの交通網が整備され、県や市が誇る観光地となった。
戦後高度経済成長期は、屋島が観光で栄え、当時県知事であった金子正則により、改めて同エリアの文化資源としての源平の歴史、庵治石や工芸の技を活かすため、「芸術村構想」をもって拠点整備や人材育成が行われた。
瀬戸内国際芸術祭が開催されている今年は、源平合戦屋島の戦いから840周年を迎える節目の年となっている。これにあわせ、牟礼・庵治・屋島を豊かな場所にしてきた「ローカルデザイン」を紐解くためのオリジナル年表、写真やデザイン資料を展示し、改めて屋島エリアの魅力に迫る。