2025.12.11

脚本家・吉田恵里香が見た草間彌生「INFINITY - SELECTED WORKS FROM THE COLLECTION」(エスパス ルイ・ヴィトン大阪)。草間彌生の“無限”の世界の魅力とは

草間彌生「INFINITY - SELECTED WORKS FROM THE COLLECTION」展が開かれているエスパ ス ルイ・ヴィトン大阪を、NHK連続テレビ小説『虎に翼』やドラマ『恋せぬふたり』などで知 られる脚本家・小説家の吉田恵里香が訪問。稀代のストーリーメーカーの目に、草間彌生作品 はどう映ったのか。

取材・文=山内宏泰 撮影=麥生田兵吾

草間彌生 無限の鏡の間―ファルスの原野(または フロアーショー) 1965/2013 詰めもの入り縫製、布、木製パネル、鏡 250×455×455cm Courtesy of the artist and Fondation Louis Vuitton, Paris Photo by Jérémie Souteyrat / Louis Vuitton
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草間本人と作品は不可分

 エスパス ルイ・ヴィトンは、パリにある文化複合施設、フォンダシオン ルイ・ヴィトンの近現代アートコレクションを紹介する場として、世界6ヶ所に設けられている。大阪・心斎橋のエスパス ルイ・ヴィトン大阪で開催されている草間彌生「INFINITY - SELECTED WORKS FROM THE COLLECTION」は、同グループのコレクションから厳選した草間彌生作品で構成されている。会場には絵画8点、インスタレーション1点とインタビュー映像が並んだ。

 1929年生まれの草間彌生は、96歳となった現在も精力的に創作を続けている。絵を描き始めたのは、小さい頃悩まされていた幻覚症状から逃れるためだった。家族に反対されながらアーティストの道を志し、20代後半でニューヨークへ渡ってからはアンディ・ウォーホルらと交流しながら制作に没頭。帰国後に国内での評価が高まり、大規模な展覧会が多数開かれるようになって現在に至る。その草間の人生について、吉田は次のように語った。「私は気になる人がいると、ついあれこれ調べ尽くしてしまう習性があります。草間彌生さんもそのおひとりで、半生をたどってみたことがあるのですが、知れば知るほど惹かれますね。戦前・戦後の法曹界に生きた女性を主人公としたNHK連続テレビ小説『虎に翼』(2024)の脚本を書いたとき、昭和史を詳しく紐解いたことがありました。その経験がベースになっていたので、草間さんの活動を調べたときも、生き抜いてこられた時代の雰囲気を、まざまざと想像することができました」。

 展示された最初の作品《無限の網(DHPP)》と次の《ドッツ》は、それぞれ2010年と1990年に描かれているが、シリーズとしてはどちらも60年代から続いているものだ。網状の形態またはドットが、キャンバスいっぱいに描かれ、それらが無限に広がっていくような感覚に陥る。吉田は草間作品の強度について次のように評した。「小さい頃から見えていた幻覚と向き合い、描き続けてきたシリーズなのですね。草間さんはいつも、自身の存在と作品が不可分なものとしてあるように思えます。作品が生まれる必然性みたいなものが確かにある。そこから作品の強さや吸引力が生じているように感じられます」。同じ壁面に掛けられている《無題(足)》(1964)は、草間作品のモチーフとしては珍しく、身体の一部が描かれている。「なぜか左足ばかりを描いていますね。ひょっとすると、前に投げ出したご自身の足を、見ながら写したものなのでしょうか」。

草間彌生 ドッツ 1990 キャンバスにアクリル絵具 52.7×45.7cm Courtesy of the artist and Fondation Louis Vuitton, Paris © YAYOI KUSAMA Photo © Primae / Louis Bourjac
草間彌生 無題(足) 1964 紙にインク、グラファイト 71.1×55.8cm © YAYOI KUSAMA Photo by
Louis Vuitton Malletier – Stéphane Muratet Louis Vuitton Collection 2008

表現の間口は広いほうがいい

 続いては《毎日愛について祈っている》が、シリーズで5枚展示されている。いずれも2023年の作であり、94歳のときに描いたものだ。キャンバスには「世界をみりょうする前衛芸術家」「水玉の女王」「反戦と平和の女王」など、日本語でメッセージが直接書き込まれている。草間に親近感を覚えるという吉田は本作についてこう語る。「鮮やかな色合いに驚かされつつ、顔を近づけて言葉を読み取りたくもなります。どことなく祖母の字に似ているので、一層親近感を覚えます。書かれたメッセージはポジティブなものばかりで、画面を覆う色と相まって、突き抜けた明るさを感じます。よく見ると地の部分のドットや線には、描きかけて途中でやめているところも見受けられます。網やドットを緻密につなげていた以前の作品に比べて、ずいぶん奔放な描きっぷりです。これが草間さんの現在の境地なのでしょうか。勝手な推察に過ぎませんが、歳を重ねるごとに生きやすくなってきたということであればいいなと思います」。

草間彌生 毎日愛について祈っている 2023 キャンバスにアクリル絵具、マーカーペン 72.5×61cm © YAYOI KUSAMA Courtesy of Ota Fine Arts. Louis Vuitton Collection 2023
草間彌生 毎日愛について祈っている 2023 キャンバスにアクリル絵具、マーカーペン 80.5×65cm © YAYOI KUSAMA Courtesy of Ota Fine Arts. Louis Vuitton Collection 2023

 《無限の鏡の間│ファルスの原野(または フロアーショー)》(1965/2013)は、その後もつくり続けられることとなるインスタレーション「無限の鏡の間」シリーズの第1作にあたる。鏡張りの室内に広がる一面の水玉模様が、鑑賞者に没入体験をもたらす。吉田にも中に足を踏み入れてもらった。

《無限の鏡の間─ファルスの原野(または フロアーショー)》(1965/2013)と吉田恵里香。「本当に別世界で遊ぶような気分。誰もが無心になって楽しめるところもすばらしいです」

 「本当に別世界で遊ぶような気分です。ひとつの体験として、深く心に刻まれます。アートや草間さんに対する知識の有無などとは関係なく、誰もが無心になって楽しめるところもすばらしいです。私は作品をつくるときにはどんな題材であろうと、エンターテインメントとして楽しめるようきちんと仕立てて、できるだけ多くの人に伝えられるよう間口を広げようと心がけています。その点、草間さんはつねに現代美術の最先端にいて、作品の質としても最高度のものを維持しながら、同時に間口がどこまでも広く、ハードルもとことん低くしているように見えます。これが長く、広く支持されている理由なのかもしれません。簡単にできることではないと思いますが、ものをつくり人に見ていただくうえでは、いつもこうありたいものだと肝に銘じたくなりました」。

 展示の最後では、草間本人が登場するインタビュー映像を、大画面で視聴できる。映像を見ながら、吉田は本展を次のように締めくくった。「ご自身のやりたいことに邁進しながら、その活動を平和への願いという大きい目標とごく自然に結びつけ、両立しているところがすごい。言葉を聴きながら感じ入りました。映像を通してご本人の姿を見ていると、あの緻密な作品をこの方が、ひと筆ずつ手で描いているという当たり前のことに改めて気づき驚かされます。本当に草間彌生さん自身がひとつの大きな作品なのですね。展示を通して観ると、ご本人が夢中で表現と向き合い、心からハッピーな世界を生み出そうとしていることが、どの作品からもまっすぐに伝わってきました。自身の仕事を純粋に楽しみながら進んでいる草間さんの生き方は、憧れの境地です。そういう方がいまもメッセージを発し続けてくれているのを体感して、たいへん励みになりました」。

インタビュー映像「草間彌生:一緒に大いに闘っていきましょう」(2015)。エスパス ルイ・ヴィトン大阪での展示風景 ©Louisiana Channel, Luisiana Museum of Modern Art, 2015 Courtesy of the artist and Fondation Louis Vuit