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2025.10.16

「草間彌生 闘う女/絵を描く少女」(草間彌生美術館)開幕レポート。闘う女と描く少女のはざまで生まれた表現世界

草間彌生美術館で、草間作品にアイデンティティとして表れる「闘う女性」「無邪気な少女」というふたつの顔にフォーカスする展覧会「草間彌生 闘う女/絵を描く少女」がスタートした。会期は2026年3月8日まで。

文・撮影=三澤麦(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示風景より、3階ギャラリー (C) YAYOI KUSAMA
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 東京・弁天町の草間彌生美術館で「草間彌生 闘う女/絵を描く少女」がスタートした。会期は2026年3月8日まで。

 本展では、草間彌生(1929〜)の作品に表れるアイデンティティに「闘う女性」「無邪気な少女」というふたつの顔を見出し、その表出と変容を紹介することを試みる。活動初期のドローイングやトラウマ克服を目指した集合彫刻、社会規範に挑発的に応じるヌード・パフォーマンスやファッションの記録資料など、渡米期に生まれた挑戦的な表現を紹介。加えて、近作からは内面を映し出す絵画シリーズや少女・花をモチーフにした立体作品、世界初公開の小型ミラールームを展示し、闘う強さとあどけなさが共存する草間の多面的な創作世界を体感できる構成となっている。

展示風景より、2階ギャラリー。手前の《心》(2003)は世界初公開となる作品だ

 1階のエントランスには、ふたつの記録映像《14丁目のハプニング》(1966)と《ウォーキング・ピース》(1966頃)が展示されている。1957年に渡米した草間は、当時白人男性が優位であった美術界に果敢に挑戦し、1960年代後半には「ハプニング」と呼ばれる手法で次々とパフォーマンスを行った。これらのスライドは、その初期の活動を記録したものだ。

展示風景より、手前から《14丁目のハプニング》(1966)、《ウォーキング・ピース》(1966頃) (C) YAYOI KUSAMA
作品クレジット 写真:細江英公

 2階ギャラリーには、初期のドローイングやソフト・スカルプチュア、さらに1960年代後半のヌード・パフォーマンスやファッションを紹介する資料が展示されており、渡米後の草間による挑戦の軌跡を俯瞰できる構成となっている。

展示風景より、左上から時計回りに《花》(1953-63)、《A Flower #4》(1952)、《花頭》(1953)、《FLOWER X.P》(1953) (C) YAYOI KUSAMA

 女性器を花に見立てたドローイングは、その色彩やタッチから、性的なものに対する嫌悪感や恐怖心が表れているかのように感じられる。いっぽうで、その後制作された男性器を模したソフト・スカルプチュアは、数を増殖させ、おもしろおかしく展開することで、その恐怖を克服しようとする姿勢もうかがえる。

 とくに1970〜90年代に制作された《幻影の彼方(パーティー)》(1997)や《希死》(1975-76)には、増殖した男性器に従来の女性像を思わせる衣類や家具、調理器具などのモチーフが組み合わされており、男性から女性に対する支配的構造に一石を投じるフェミニズムアートの側面も持ち合わせていると言えるだろう。

展示風景より、壁面は《幻影の彼方(パーティー)》(1997)、《希死》(1975-76) (C) YAYOI KUSAMA
展示風景より、1960年代後半のヌード・パフォーマンスとファッションを紹介するドキュメンテーション (C) YAYOI KUSAMA

 先ほどの2階ギャラリーの展示を「闘う女」とするならば、3階ギャラリーの展示は「絵を描く少女」ととらえることができる。ここでは、アメリカから帰国した草間による2000年代の作品を主に展示。ブランコに乗った大きなバルーン作品《ヤヨイちゃん》(2013)が待ち構えるほか、いまなお描かれ続けるドローイングの数々が紹介されている。

展示風景より、3階ギャラリー。左は《ヤヨイちゃん》(2013) (C) YAYOI KUSAMA

 家庭環境や社会規範、病などによって思うように過ごせなかった青春時代を思い描いて制作された《ヤヨイちゃん》は、2階で紹介されていた性に対する不安や恐怖、そしてそれに抗う作品群とは異なり、明るく軽やかな姿を表している。同様にドローイングからも、長く草間が囚われてきた性に対するトラウマが、時間の経過とともに創作のなかで解かれていく様子がうかがえる。

 ここでは世界初公開となる2010年代の作品も展示されているため、ゆっくりとその表現や色彩の有り様にも注目してほしい。

展示風景より、3階ギャラリー (C) YAYOI KUSAMA

 4階では、ミラールームを用いた体験型インスタレーション作品《決められた幻の水玉は 天国へ与えられた 私への最大の贈り物でした》(2021)が世界初公開されている。草間作品の特徴的な水玉模様が施された触手は、ミラールームのなかでどこまでも広がり続けるかのように見える。トラウマの克服として制作され続けた男性器のソフト・スカルプチュアは、草間作品の代表的なモチーフであり、近作においてもさらなる展開を遂げていることがうかがえる。

展示風景より、《決められた幻の水玉は 天国へ与えられた 私への最大の贈り物でした》(2021) (C) YAYOI KUSAMA
展示風景より、《決められた幻の水玉は 天国へ与えられた 私への最大の贈り物でした》(2021、部分) (C) YAYOI KUSAMA

 加えて、同フロアの壁面には草間による詩作「戦いのあとで宇宙の果てで死にたい」(2007)も紹介されている。1929年に生まれた草間は、幼い頃に絵を描き始めて以来、80年以上にわたり表現活動を続けてきた。そうした長い創作の歩みのなかで、彼女が芸術とどのように向き合ってきたのか、その態度が端的に表れている作品と言えるだろう。

 屋上階のギャラリーには、《明日咲く花》(2016)が展示されている。種苗業を営む旧家に生まれた草間にとって、花をはじめとする植物は身近な存在だったという。女性器を花に見立てて描いた初期のドローイングや、草間を象徴する水玉模様を経て、生き生きとした動きを感じさせる本作に至る。1階から順に草間の活動をたどってきた展覧会の締めくくりとして、本作はその世界観の象徴的に表している。

展示風景より、《明日咲く花》(2016) (C) YAYOI KUSAMA

 草間彌生の芸術には、「闘う女」と「描く少女」というふたつの顔が見て取れる。社会や制度への抵抗としての表現と、内面の世界をひたむきに描く姿勢。その両面は、闘争の手段であり、同時に自己表現の場でもあるといった、芸術が持つ多面性をも示していると言えるだろう。