2024.12.15

「栗林隆 Roots」(神奈川県立近代美術館 葉山)開幕レポート。タンカーが運ぶ作家としてのルーツ

アーティスト・栗林隆の展覧会「栗林隆 Roots」が、神奈川・葉山の神奈川県立近代美術館 葉山で開催されている。会期は2025年3月2日まで。会場の様子をレポートする。

文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

展示風景より、《Tanker Project in The Museum of Modern Art,Hayama》(2024)
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 アーティスト・栗林隆の「栗林隆 Roots」が神奈川県立近代美術館 葉山で開催されている。会期は2025年3月2日まで。

 栗林は1968年長崎生まれ。現在はインドネシアと日本を往復しながら活動しているアーティストだ。栗林は活動開始から一貫して「境界」をテーマに、ドローイングや、インスタレーションや映像などの多様なメディアを用いて身体的体験を観客にうながす作品を国内外で発表してきた。

展示風景より、展示ロビーのエントランス

 神奈川県立近代美術館 葉山は、現在展示室の改修工事中。そのため、今回栗林は展示空間ではないエントランスや講堂などで作品を展開し、展覧会を成立させた。

 栗林は近年、タンカーを様々な生態系が共存するひとつの場として、また思想や作品を運ぶプラットフォームとしてとらえた「Tanker Project」(2021〜)を実施してきた。「Tanker Project」は、栗林がかつて、オーストラリアでダイビングをした際に、海中に廃棄されたタンカー群を見たときの経験から着想している。役割を終えた巨大なタンカーは、しかしどこか未来への大きな可能性を感じさせるものだったという。以降の栗林は、タンカーという存在を様々なものを入れて航海できる依代としてとらえ、作品を展開した。

展示風景より、《Tanker Project in The Museum of Modern Art,Hayama》(2024)

 館の入口‎には、このタンカーの艦首を模した造形物が設置され、観客を船内へと誘う。本展において栗林は、改修中の美術館をタンカーに見立てることに成功している。

 館内に入ると、チケットカウンターの前では《Tanker Project -Barrels》(2024)が展開されているのが目に入る。オイルを張ったドラム缶と、ガラスのなかで切断された植物を組み合わせたインスタレーションだ。本作を上から覗き込むと、オイルに映った植物がオイルのなかへと深く伸びていくようにも見える。これは、本展のタイトルである「Roots=根」とも接続する意味を有するといえるだろう。

展示風景より、《Tanker Project-Barrels》(2024)

 栗林は本展タイトルの「Roots」に、「根」だけではなく、自身がこれまでアーティストとしてたどってきた「道のり=ルーツ」を振り返るという意味も込めたという。根のように深く拡がってきた栗林のアーティストとしての道程は、様々な思索の契機を鑑賞者にも与えてくれる。

展示風景より、《Tanker Project-Barrels》(2024)

 講堂ではフレコンバックや鏡と複数の映像作品を組み合わせた《el-Mabka : Roots 2024》(2024)を展開。栗林が志津野雷とともに原発事故後の福島の避難区域などで取材した映像化が、疑問を持ったものを探求し続ける栗林の飽くなき姿勢を伝えている。

展示風景より、《el-Mabka : Roots 2024》(2024)

 展示ロビーはスタジオスペースとして、制作空間として栗林が活用する空間だ。福島の土と和紙で制作した作品《Sunflower》(2017)や、過去の「Tanker Project」によって生まれた作品を配置したこの場所で、栗林は新たな制作に取り組む。これもまた、栗林が自らのルーツをたどるための試みのひとつといえるだろう。

展示風景より、展示ロビー

 改修中の美術館で何ができるのか。アーティストが船の乗員のように環境と対峙し、新たな興味を創出していく、その航路に触れることができる展覧会だ。