2025.4.29

「岡﨑乾二郎 而今而後 ジコンジゴ Time Unfolding Here」(東京都現代美術館)開幕レポート。「転回」の先に見えたその造形の到達点

岡﨑乾二郎の東京では初めての大規模個展「而今而後 ジコンジゴ Time Unfolding Here」が、東京・清澄白河の東京都現代美術館で開幕した。会期は7月21日まで。

文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

展示風景より
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 岡﨑乾二郎の東京では初めての大規模個展「而今而後 ジコンジゴ Time Unfolding Here」が、東京・清澄白河の東京都現代美術館で開幕した。会期は7月21日まで。担当は同館学芸員の藪前知子。

展示風景より

 岡﨑は1955年東京生まれ。1982年パリ・ビエンナーレ招聘以来、数多くの国際展に出品してきた。展覧会のみならず、ほかにも総合地域づくりプロジェクト「灰塚アースワーク・プロジェクト」の企画制作、「なかつくに公園」(広島県庄原市)等のランドスケープデザイン、「ヴェネツィア・ビエンナーレ第8回建築展」(日本館ディレクター)、現代舞踊家トリシャ・ブラウンとのコラボレーションといった芸術活動を展開してきた。教育活動にも取り組んでおり、芸術の学校である四谷アート・ステュディウム(2002~2014)を創設、ディレクターを務めた。2017年には豊田市美術館にて開催された『抽象の力―現実(concrete)展開する、抽象芸術の系譜』展の企画制作を行い、2019〜20年には同美術館で大規模な個展「視覚のカイソウ」を開催している。

展示風景より

 タイトルにある「而今而後」とは孔子の論語からとられたもの。「いまから後、その先も」という意味だ。岡﨑は2021年、脳梗塞で倒れ、リハビリを経験した。その後遺症で右半身が麻痺しているが、これは造形作家としての大きな「転回」にもなったという。「而今而後」と名打たれた本展は、この「転回」前の作品を広く見通しつつ、「転回」後である2022年以降に制作された新作を展覧するものだ。

展示風景より

  会場の最初に展示されている「あかさかみつけ」シリーズは、岡﨑の初期の代表作だ。プラスチック製の素材に切り込みを入れたり、折り曲げたりしたうえで着色をした本作は《あかさかみつけ》《おかちまち》《そとかんだ》といった地名を想起させる平仮名のタイトルがつけられている。しかし、作品の造形と、平仮名で記された実在の地名との関連性は単純に考えると見出せない。だが、例えば鑑賞者一人ひとりの経験に即して見れば、その造形に「赤坂見附」らしさが何かしら見出されることもあるだろう。

展示風景より、《そとかんだ》(1981)

 岡﨑の作品はその後、非常に長い、まるで散文や詩のようなタイトルをつけるようになっていくが、そこには「あかさかみつけ」シリーズと同様の、鑑賞者を介して作品とタイトルのあいだで意識を往還させようとする意識が感じられる。本展冒頭に並んだ「あかさかみつけ」シリーズは、岡﨑作品の一筋縄ではいかない重層性を示すとともに、そこに挑む態度を鑑賞者に意識づける。

展示風景より、左が《おかちまち7》(1987)

 金属を用いた大型立体作品《Blue Slope》《Yellow Slope》は、ベルギー・ゲントで開催された「ユーロパリア'89 現代日本美術展」(1989)に出展されたものだ。その造形は「あかさかみつけ」シリーズから抽出されているが、大きさも素材も異なっている。サイズが大きくなり、明確な金属の質感を帯びた本作と「あかさかみつけ」シリーズ、その造形のどこに連続性を我々は感じるのか。また、どこに差異を見出すのか。岡﨑の造形に対する問題意識に付き合ってみたい。

展示風景より、《Blue Slope》(1989)

 岡﨑がアクリル絵具による絵画に本格的に取り組み始めたのは1992年のことだ。以来、キャンバス上に断片的に絵具を載せ、それぞれの色やその濃淡によって生み出される立体感を感じさせる作品群を制作し続けている。

展示風景より

 絵画のタイトルは先にも紹介したとおり、長く、物語を想起させる独特のものだ。色同士の関係性、濃淡が生み出す造形性、そしてタイトルから想起される様々な物語。それらが複雑な緊張関係をもって、絵画を成立させているように感じられる。会場では長きにわたり制作されてきた岡﨑の絵画が次々に現れ、鑑賞者はそれぞれと向きあい、複雑な視線をそれぞれの作品に注いでいくことになるはずだ。

展示風景より、左が《軽くパーマしてください、わたしがそう言うと、なんてびっくりするような早さに手さばき。わたしはまるで猫の子みたいでした。でも油はつけないでね。》(1994)

 ボリュームのある彫刻は、1990年頃から始められたというが、会場にはこの「転回」前の彫刻も展示されている。1994年に制作された白いセラミック彫刻(2025年に再型抜き)は、《イーデーの山》(同じく再制作された原型モデルが展示されている)と同時期のもので最も古い作となるが、双方ともに、表面曲面は関数的にスムースに均らされ、そののちに制作されたセラミック彫刻にある襞、テクスチャー、ディテールは現れていない。

展示風景より、原型1994年(2025年再型抜き)の塑像
展示風景より

 岡﨑は脳梗塞のリハビリを通じて、自身の身体の操作をより意識するようになったという。快復後に再び彫塑に取り組み始めた岡﨑は、以前より精細で「拡大しても細部がどこまでも出てくる」(プレスカンファレンスでのトークより)ような表現を実現できるようになったそうだ。子供の頃、もっとも得意だったのが粘土だったという岡﨑は、いつかするべき仕事として意識していたこの彫刻に力を注ぐ。たしかに90年代の彫刻と最新の彫刻を見比べると、よりディティールが洗練され、また細部の情報量が上がっているように思える。本展の白眉ともいえる「転回」後の岡﨑の巨大な塑像群を、「転回」前後の比較とともに見られるのは興味が掻き立てられる。

 3階の展示室からは、いよいよ「転回」後の2022年からの仕事が紹介される。ここまでの展示会場は色温度が高めの照明となっていたが、まるで意識がはっきりとしたように色温度の低い照明に変わっていることにも注目したい。

展示風景より

 2022年以降の絵画群を見てまず気がつくのは、配色がより明るく、またつやのある質感になっていることだ。キャンバス上の立体感が増し、その造形も複雑かつ重層的になっているように感じられる。

展示風景より

 そして、何よりも注目したいのは巨大な塑像の作品群だ。まるで巨大な人間がひねったかのようなダイナミックな造形と、セラミックの白だからこそ際立つ陰影、そして表面の様々な部分に現出している複雑なテクスチャは、見るものを飽きさせず無限の発見の可能性を提示してくれている。

展示風景より
展示風景より、《Examine The Tone And Reasoning Too; Consider The face, How It Changes Hue/聆⾳察理,鑒貌辨色》(2024)

 ほかにも本展では、テキスタイルやタイルを素材とした作品のほか、岡﨑が参加した90年代初頭に広島で誕生した環境文化圏運動「灰塚アースワーク」や、岡﨑がディレクターを務めた近畿大学国際人文科学研究所に所属するサテライト校「四谷アート・ステュディウム」、霧の彫刻で知られる中谷芙二子とともに構想した「雪と霧の公園」計画など、その多岐にわたる活動が紹介されている。

展示風景より、《Yellow Slope》(1989)
展示風景より、《塩とみずと野菜》(2013)

 テキストや写真では伝えきれない、迫力と精細さが同居する展覧会。岡﨑がいかに造形と向き合い思索を重ねてきたか、そして近年の「転回」を経てどれほどの境地に至ったのか。会場でぜひ立ち向かってみてほしい展覧会だ。

展示風景より