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2025.8.9

特別展「石田尚志 絵と窓の間」(高松市美術館)開幕レポート。多層的な作品展開の背景を紐解く

香川にある高松市美術館で、特別展「石田尚志 絵と窓の間」が開幕した。会期は10月5日まで。

文・撮影=大橋ひな子

展示風景より、《絵と窓の間》(2018)
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 香川にある高松市美術館で、特別展「石田尚志 絵と窓の間」が開幕した。会期は10月5日まで。なお、本展は神奈川県立近代美術館 葉山(2024年7月13日〜9月28日)、アーツ前橋(4月19日~6月22日)を巡回しており、同館が最終会場となる。

 石田尚志は1972 年東京生まれ。自らが描いた絵画を連続的に撮影する手法(ドローイング・アニメーション)で制作した映像作品を制作してきた。その後映像作品を空間や立体造形とともに構成し、インスタレーション作品へと展開。現在は10代以来となるカンヴァスに絵を描くという静止した平面作品への再挑戦に取り組んでいる。

 本展は、石田にとって西日本での初個展かつ、2015 年以来の大規模個展でもある。代表作と新作を中心に、初公開作品を含む約80点の作品が紹介され、作家人生を概観できるような内容となっている。

 石田は、同館での開催について次のように語る。「若手の頃から挑戦的な取り組みを高松市美術館で実施させてもらい、作家人生のなかでも大事な機会を与えてもらってきた。またここに戻ってこれたことへ嬉しさを感じるとともに、一層気合いを入れて本展に向き合っている」。

 会場に入ると、石田の制作のルーツを紐解く作品が並ぶ。なかには中学3年生のときに東京で描き始めた初期の作品も展覧されるが、「破壊と創造が繰り返される東京という場所に当時は辟易としていた」と石田は語る。

 しかし、窓が描かれた《バベルの塔》や、時間を描きたいという気持ちから生まれた長さ40mを超える絵巻状の《絵馬》など、いまの作品につながるモチーフや制作方法がこの時点ですでに登場していることは興味深い。

展示風景より
展示風景より、《絵馬》(1990)

 つづく隣の部屋には、映像や立体などの様々なメディウムによる作品展開を経て、もう一度原点に戻ってきたという現在の石田が描く平面作品が並ぶ。展覧会の冒頭に、最初期と最新の石田の作品があえて隣り合わせに並置されることの意味を考えたい。作家人生をたんなる時系列でたどらせるつもりはないことは確かだ。

展示風景より

 ここから石田の多様な作品展開を追っていくことになる。本展のタイトルにもなっている《絵と窓の間》は、ドローイング・アニメーションを用いている。様々な時間軸を重ねることで、自分が今まで見えていなかった四角形を見つけるという行為を実践した作品だ。本作は、映像の一部を切り出し引き延ばしたものを映写機で反転させるなど、複雑に展開させている。

展示風景より、《絵と窓の間》(2018)

 つづいて、空間に描くという行為に挑戦した立体作品である《庭の外》や、1980年代〜2024年のドローイングとスケッチが展示される。

展示風景より、《庭の外》(2022)
展示風景より

 複数の作品が展開されている最後の会場では、インスタレーション作品群のきっかけとなった作品《弧上の光》も展示されている。青森公立大学国際芸術センター青森[ACAC]での個展で発表されたものだ。

 移りゆく光のなかで絵画が描かれる会場風景を映像化した本作は、会場が広すぎるあまり、キャンバスに近寄って描いた後、三脚までキックボードで戻りシャッターをおす、という動きを繰り返すことで完成させたという。その瞬間の光をとらえようとする石田の強い意志を感じられるエピソードだ。

 この制作過程を正面から撮った映像は、完成した絵画と同じサイズの白いキャンバスに投影されている。会場風景の映像、キャンバスを正面からとらえた映像、そして描かれた絵画の3つが会場に並ぶ。

展示風景より
展示風景より、《弧上の光》(2019)

 そして、昨年本展が神奈川県立近代美術館 葉山で開催されていた際の滞在制作で生まれた新作《夏の海の部屋》へとつづく。

 ほかの映像作品同様、本作でも編集段階で逆再生を行うことで、最終的に白のキャンバスに戻される。映像だからこそ実現できることを、石田は意図して織り交ぜている。

展示風景より、《夏の海の部屋》(2025)

 会場を出た先には、糸鋸を思うがままに走らせ生まれた木片を組み合わせる《ダンス》が並ぶ。絵画を描く際に感じる「線が伸びていく喜び」を、そのままかたちとして残すことができる本作は、石田の制作における根源的な喜びを思い出させるものとして紹介されている。

展示風景より、《ダンス》(2018〜)

 今回、本展が瀬戸芸美術館連携プロジェクトの一環でもあることから、いままでの巡回展にはなかった高さ約10メートルのドローイングを描いた懸垂幕が、外壁に展示されている。

 しかし興味深いことに、本作を制作する際下敷きに使っていた養生シートに、即興的にドローイングを描いた作品と、その制作の様子を映像化したものが同館内ホワイエに展示されている。映像作品は会期中の開館日の17:30~21:00に上映される。本作はもともと計画になかったものだが、石田のつくってみたいという想いに同館が応えたことで誕生した。

 若手の頃から様々な挑戦を後押ししてくれたという石田と同館の長年にわたる関係性が垣間見えるようだ。

展示風景より、《養生絵画》(2025)

 なお本展では、瀬戸内国際芸術祭に合わせたサテライト企画がほかにも実施される。8月8日から24日の金・土・日・祝日の19:00~21:00(雨天時は中止)には、外壁への映像プロジェクションが投影される予定だ。

 またブランチギャラリー(高松丸亀町商店街「しごとプラザ」ショーウィンドー)では、懸垂幕に ドローイングを描く様子を撮影したドキュメント映像が上映されている。

 行き当たりばったりの試行錯誤のなかから新しいものが生み出されるという石田。そんな作家人生を紐解く本展は、時間軸や表現方法の展開を行ったり来たりしながら、多層的に作家についての理解を深められる不思議なドキュメンタリーのような構成だ。巡回展の最終会場となる本展に、ぜひ足を運んでみてほしい。