2025.10.7

白老のなかで生まれるアートをめぐって。町民参加を主軸にした「ルーツ&アーツしらおい」

北海道の南西部にある白老町で第5回を迎える「ルーツ&アーツしらおい 2025」が開催中だ。『美術手帖』では第2回から毎年レポートを掲載し、その変遷を追ってきた。今回は、このまちで暮らす人々にスポットが当てられ、町内9ヶ所で10の企画が展開された。

文=來嶋路子

DRAWING AND MANUAL《TSUNAGU – 楽器の秘密基地》 撮影=高田賢人(BY PUSH)
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試行錯誤を重ねた5年の道のり               

 2020年、白老町にアイヌ文化の復興・創造などを担う「ウポポイ(民族共生象徴空間)」がオープンし、国内外からより多くの人々が訪れるようになった。そのにぎわいをまち全体へ広げるアクションとして、翌年から「ルーツ&アーツしらおい」がスタートした。

 第1回は、アーティスト・イン・レジデンスやイラストレーターによるプロジェクトに加え、ラジオ配信も行われ、コロナ禍への配慮を反映した内容だった。第2回以降は規模が拡大し、国内外からアーティストを招聘。白老という土地の固有性に多角的な視点が向けられ、アイヌ文化や人々の暮らし、地形、歴史に触れることで、埋もれていた記憶が作品として蘇った。

 転換期となったのは昨年。主催する白老文化観光推進実行委員会の熊谷威二会長は「白老町民が、白老の営みと文化に誇りをもち、そこにたずさわる人々の魅力を発信したい」と語り、地元在住作家の比率を高める方針へ舵を切った。これまでも白老で絵画制作を続ける田湯加那子らの参加はあったが、在住者の参加割合をさらに増やし、古布絵作家でありアイヌ文化の伝承者である宇梶静江の展示や白老の手仕事展などが実施された。

まちの記憶を呼び起こす体験

 第5回の今年は、地元在住作家を主軸とする企画が一段と推し進められた。映像とデザインを融合し、様々なクリエイティブを行うコレクティブ「DRAWING AND MANUAL」は、2つのプロジェクトで参加。

 そのひとつ、《TSUNAGU – 楽器の秘密基地》は、同コレクティブのメンバーで今年2月に白老へUターンした中谷公祐を中心に、同会社の会長・菱川勢一、サウンドデザイナーの清川進也によって制作された。町内で使われなくなった漁具、工場の端材、海辺の流木などを集め、さまざまな楽器に仕立てた。作品は子育てふれあいセンターすくすく3・9の庭に設置され、子供たちは時間を忘れて遊んでいた。流木のバチで浮きを叩けば予想外の音が響き、形の異なる端材を叩くと音階も生まれ、発見は尽きない。

 「みなさんの『手』で演奏してもらうことでつながりを生み出し、素材たちが白老で過ごしてきた物語を体感してほしい」(中谷)。

DRAWING AND MANUAL《TSUNAGU – 楽器の秘密基地》。中谷公祐、清川進也、菱川勢一による制作 撮影=高田賢人(BY PUSH)
流木や浮きなどそれぞれ気に入ったバチで叩く。《TSUNAGU – 楽器の秘密基地》 撮影=筆者
白老出身でクリエイティブディレクター/プランナーとして活動する中谷公祐。ルーツ&アーツしらおい全体の企画にディレクターとしても関わった  撮影=筆者

 もうひとつ「DRAWING AND MANUAL」が手がけたのは、町立図書館に保存されていた『竹谷重雄映像記録集』を再編集した映像展示『Time Travel Shiraoi』。元教員の竹谷と有志が1985〜98年に撮影した記録がDVD 化されており、700枚以上のなかから白老らしい瞬間を選び出した。再編集した映像は「祭り」と「暮らし」に分けられ、それぞれ約30分。祭りの映像には、人口がピークだった頃に行われた大昭和製紙の野球チーム優勝パレードやどさんこ祭りなど多彩な催しが記録されている。

 「白老の人々のなかには祭りが息づいています。ハレの日を楽しむ心があるからこそ、ルーツ&アーツの開催にも、みなさんが力を貸してくれる。ピーク時より人口は1万人以上減りましたが、活気あるまちの姿を再認識することで、新たなにぎわいをどう生み出せるかを考えるきっかけになるはずです」(中谷)。

DRAWING AND MANUAL『Time Travel Shiraoi』 撮影=高田賢人(BY PUSH)

まちに根付く手仕事文化に触れる

 このまちの「手仕事文化」に触れる機会もつくられた。「白老の手仕事展 ウタルニ ~仲間とともに。刺しゅうにまつわる女性の手仕事」には11組が参加。ウタルニはアイヌ語で「仲間がいつもいるところ」を意味する。多くの刺しゅう作家はサークルを主宰し、アイヌ文化の伝承に取り組んでいる。会場では作家が実演しており、暮らしと手仕事が結びついていることを肌で感じる場となっていた。

 本展の企画者である、一般社団法人白老おもてなしガイドセンターの松本曜子は次のように語る。「豊かな自然とともに、この地で受け継がれてきた『アイヌ紋様』と、それを守り伝える『伝承者』のみなさんが守り伝える文化を感じていただきたい」。

「ウタルニ ~仲間とともに。刺しゅうにまつわる女性の手仕事」展示風景より 撮影=高田賢人(BY PUSH)

 日常のなかで行われる手仕事は、視野を世界へと広げることでより理解が深まる。白老では、人種や文化、価値観、老若男女が共存共栄できる「多文化共生のまち」をスローガンに掲げており、その願いを込めて、2017年から、有志の町民団体であるみんなの心つなげる「巨大パッチワーク」の会(2017年8月設立、2020年解散)がアイヌ紋様刺しゅう入り巨大パッチワークづくりを行ってきた。同会場では「巨大パッチワーク〜白老と、世界の人々と紡ぐ文化の手しごと」と題し、アイヌ文化伝承者である岡田育子、河岸麗子の2名が中心となり制作した3種のパッチワークを鑑賞できる。パラグアイの伝統刺しゅうや台湾の織物とアイヌ紋様刺しゅうを組み合わせた作品のほか、JICA研修生との交流によってウズベキスタン、ブラジル、カンボジア、カメルーン、パラグアイの布が集められ、それをつなぎあわせたパッチワークが展示された。

「巨大パッチワーク〜白老と、世界の人々と紡ぐ文化の手しごと」展示風景より 撮影=高田賢人(BY PUSH)

土地を移動しながら変化する装置

 地元作家に焦点が当たるいっぽうで、白老町を拠点にアートプロジェクトの企画等に取り組む一般社団法人SHIRAOI PROJECTSの声かけのもと、オランダ・アムステルダム在住のアーティスト・渡部睦子も参加した。渡部は、「手仕事文化」に通じる視点を持ち、衣・食・住をテーマに、土地の人々と語らい、共に手を動かすプロセスを重視したコミュニケーションの「場」を生み出してきた。

 2023年に白老を訪れたことをきっかけに、翌年ルーツ&アーツしらおいに参加。今年は夏に白老の港で開催されたイベント「SHIRAOI Beach&海の家」で作品を制作し、その後、ルーツ&アーツしらおいの会場に移設。さらに10月には札幌にあるモエレ沼公園でこの作品が再構成される予定だ。

 白老の工務店の協力で単管を組み、そこにネットを張り、海岸で見つけた浮きなどを吊り下げた構造物。その中央に設置されたハンモックは、漁師から学んだ編み方でつくられ、渡部はこれを「サバイバルネット」と呼ぶ。「着ることができ、寝ることができ、魚を獲ることもできる」網なのだという。場をつくり、人と学び合いながらまちを理解する過程で、その場自体も変化していく。夜には明かりがともり、土地を移動する装置を象徴するかのように、船のシルエットが浮かび上がる。

渡部睦子《「星見るひとたちと出会う旅」in 白老》 撮影=高田賢人(BY PUSH)
サバイバルネットで制作したハンモックに腰掛ける渡部睦子 撮影=筆者

白老でどのようなアートが生まれているのか

 このほか第57回の白老美術協会展が、ルーツ&アーツしらおいにあわせて手仕事サークルとの共催で開かれ、約130作品が展示された。タイトルは「相互観照の新しい小宇宙展」。白老美術協会の浦木嘉男副会長によれば「作品を生み出すことが生きる活力になっている。その姿を若い人たちにも感じてほしい」という思いをこめて「相互観照」と名付けたという。

「相互観照の新しい小宇宙展」展示風景より 撮影=筆者
浦木嘉男《サルルンカムイリムセ》 アイヌの舞踏を表した木彫。彫り進めると中は空洞で、瞳孔には偶然できた穴が重なった 撮影=筆者

 コンセプチュアルな作品から手仕事まで幅広い表現が並び、まちの誰もがフラットに参加できる状況だからこそ、この地でいまどのようなアートが生まれているのかをダイレクトに感じられる機会となった。そして、なぜ作者がこうした表現を行ったのか、そのルーツにじっと耳を傾け理解を深めることも大切であると感じられた。

 熊谷会長によれば、招聘アーティストが中心だった第2、3回は、町民の関心が思うように高まらない現実もあったという。町民の作品展示を増やすことで、このプロジェクトを身近に感じる声が多く寄せられるようになった。地方創生や関係人口の拡大を目指すアートプロジェクトが各地で行われるなか、地域の人々との関係構築はつねに課題といえる。ルーツ&アーツしらおいが選んだ方向性は、これからどんな結果をもたらすのか。変容し続けるそのプロセスを、これからも追いかけていきたい。