2024.12.15

「サエボーグ Enchanted Animals」(黒部市美術館)レポート。あなたはいつ人間になったのか

黒部市美術館で動物を模したラテックス製のボディースーツや造形物を使って命の価値や身体のあり方を問うアーティスト・サエボーグの個展「黒部市美術館開館30周年 サエボーグ Enchanted Animals」が開催されている。

文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

展示風景より
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 富山・黒部市の黒部市美術館で黒部市美術館開館30周年を記念した展覧会「サエボーグ Enchanted Animals」が開催されている。会期は2025年1月13日まで。

 サエボーグは富山県出身。ラテックス製の動物のボディースーツで自身の身体を拡張させ、農場や家などを舞台にパフォーマンスや展覧会、映像作品の制作などを行ってきた。今回の個展では、館全体を使って来場者が動物となって体感できる複合的なインスタレーションをつくりあげた。

展示風景より

 鑑賞者はまず、入口の鏡の前に設置された「精神的支援の門」に置かれた動物の被りものを選び、動物となって展示室に展開されている「森」のなかに入っていくことになる。

展示風景より

 柵に囲われた森の中央に横たわっているのは、巨大な母豚だ。どこかアニメーションのキャラクターを想起させるような戯画化された大きな瞳でこちらを見つめており、腹部には子豚に乳を与えるであろう乳房がいくつも並ぶ。

展示風景より

 母豚の乳房の周囲には藁のイメージがプリントされたたラテックスのソファーが設置され、鑑賞者はここで思い思いの時間を過ごしながら、自身が動物になったかのように母豚のまわりに集い、あるいは動物のように振る舞うことになる。

展示風景より

 会場には動物の鳴き声を真似たと思われる人間の声と、どこか「癒やし」を感じさせるアンビエント・ミュージックが流れており、鑑賞者は母豚とともに過ごす家畜の子豚のような安心感を得ることもできるだろう。

 しかし定期的に、ふいに動物たちの声が大きくなり、音楽が止み、そして会場が暗闇に包まれる瞬間が訪れる。会場にあるラテックスの豚や木などは急に圧迫感を持ち始め、空間は一転して不穏なものとなる。

 照明が落とされたとき、唯一光が当たっているのは、会場に置かれた2本のマイクだ。会場で配布されるハンドアウトには「暗闇になったら、マイクに向かって吠えろ」と書かれており、このマイクに向かって動物のように声を上げているうちに照明がつき、会場は再び平穏を取り戻す。しかし、この経験を経たあとでは、鑑賞者の本展の見え方は異なるものになっているだろう。

展示風景より

 展示室の最奥部には、壁面も床も黄色く塗られた空間がある。ここには糞便が積み上がり、幾匹ものハエが群がっている。さらにこの部屋には、天井から吊り下げられ、腹が割かれて内蔵が飛び出している豚もぶら下がる。

展示風景より

 この豚についてハンドアウトには「タロットカードのXIIをチェックしてみて」と書かれており、タロットの13番「吊るされた男」との関連性が示唆されている。豚に訪れたのは悲劇なのか、それとも安寧なのか。母豚とともに家畜として過ごした鑑賞者に問いがつきつけられる。

展示風景より

 ほかにも《Pigpen movie》(2016)、《Slauterhous》(2019)、《Soultopia》(2023)といったサエボーグの代表的な映像作品も、藁のソファーに横たわりながら見ることができる。この空間で動物としてどのように過ごすのか、それは鑑賞者に任せられている。

展示風景より

 展示室を出て動物の被り物を外したら、最後にいまいちど会場入口の鏡に写った自分の姿を見てほしい。そこにいるのは、果たして本展を訪れる前の、自律したあなたの姿だろうか。動物と人間の境目を揺るがすことで、鑑賞者一人ひとりの実存を問う展覧会だ。