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2025.11.26

「芸術未来研究場展」(東京藝術大学大学美術館)レポート。藝大が挑む“アートの社会実装”とは

上野にある東京藝術大学大学美術館で、「芸術未来研究場展」が11月30日まで開催中だ。藝大における社会連携の取り組みを通じて、いかにして「アートの社会実装」をすることができるのかを具体的な事例とともに紹介している。

文・撮影=三澤麦(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示風景より
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 東京・上野の東京藝術大学大学美術館で、「芸術未来研究場展」が11月30日まで開催されている。監修は日比野克彦(東京藝術大学長/芸術未来研究場長)。

 「芸術未来研究場」とは、東京藝術大学による芸術と社会の未来を切り拓くことを目的とした新たなプラットフォームだ。伝統の継承と新しい表現の創造のための教育研究機関であることに加え、他大学・企業・自治体・市民などとの連携を図ることで、人が生きる力であるアートを根幹に据え、人類と地球のあるべき姿を探求するための組織として2023年4月に創設された。

 本展では、社会連携を実践する基盤となる「ケア・コミュニケーション」「アートDX」「クリエイティヴアーカイヴ」「キュレーション」「芸術教育・リベラルアーツ」「アート×ビジネス」といった6つの領域がそれぞれ研究・実践を行ってきた事例を紹介。藝大における社会連携の取り組みを通じて、いかにして「アートの社会実装」をすることができるのかを具体的なプロセスと成果を通じて可視化することを試みている。

 6つのなかでも、とくに気になった領域とその事例をいくつかピックアップして紹介したい。まず「ケア・コミュニケーション」では、医療・福祉・地域コミュニティなど、ウェルビーイングに関わる領域におけるアートの社会的価値を探究している。その具体例として、「熊本版文化的処方推進室」の取り組みが紹介されていた。

 「文化的処方」とは、文化・芸術の力で人々の健康観をアップデートしていくことを目指すもので、「身体的」な健康のみならず、「社会的」「精神的」な健康にも意識を向けることを促す取り組みだ。会場では、熊本市・熊本大学・熊本市現代美術館が連携して進めている熊本版の実践が取り上げられ、アート/文化と地域・市民の活動をつなぐことで、一人ひとりのウェルビーイング向上を後押しするプロジェクトとして紹介されていた。

展示風景より、「熊本版文化的処方推進室」。会場には、熊本市現代美術館内に設置されている推進室の様子が再現され、手書きの会議ログも壁に掲載されている

 「アートDX」の領域はデジタル技術やICT技術を活用した教育研究を推進し、アートの可能性を拡張することを試みている。ここでとくに注目したのは、東京科学大学との共同研究プロジェクト「アニメーション・インスタレーションのホスピタルアート応用と実践」だ。壁面にはシロクマのアニメーションが投影され、患者の動きに応じてシロクマが反応するインタラクティブな作品となっている。身体を動かす楽しさを通じて、リハビリテーションへの意欲向上を目指す試みであり、先ほどの「ケア・コミュニケーション」領域と関連して、こちらも大変興味深い取り組みと言える。

展示風景より、東京藝術大学×東京科学大学 課題共有型研究マッチングプロジェクト

 「アート×ビジネス」の領域では、藝大教育の社会実装を目指し、その効果や収益性、さらには未来に向けた事業展開について研究が進められている。会場には多様な企業との共同研究の成果が並び、アートとビジネスの双方の視点が交流・共有されている様子がうかがえた。

展示風景より、「CA SHIP 東京藝術大学・サイバーエージェント 社会実装支援プログラム」

 ほかにも、藝大と香川大学の連携事業「SIOME 東京藝術大学×香川大学 せとうち ART&SCIENCE」では、海洋環境を科学と芸術の力で発信するため、9名のアーティストらによるアプローチが展開されている。さらに、今月29日に上演が予定されている、ろう者と聴者が遭遇する舞台作品「黙るな 動け 呼吸しろ」プロジェクトも紹介されていた。

展示風景より、「SIOME 東京藝術大学×香川大学 せとうち ART&SCIENCE」
展示風景より、「SIOME 東京藝術大学×香川大学 せとうち ART&SCIENCE」
展示風景より、ろう者と聴者が遭遇する舞台作品「黙るな 動け 呼吸しろ」

 東京藝術大学という国立の芸術教育機関の実践からも見て取れるように、芸術文化の役割は拡張されつつあり、さらなる可能性を秘めている。今回の展覧会は、「鑑賞」のみならず「社会実践」としてのアートの力を知ることができる絶好の機会と言えるだろう。